DESIGNWORKS Vol.02
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「10年たっても新しく、10年たっても変わらない」正に環境面でもいえることですが、これらからの住宅は、耐用年数の永い、ゆとりある居住空間をもって、もう建替え不要をどうしたら実現できるかが問われていると思っています。———最後に我々といいますか、より良い住まいを目指す設計者に対して一言お願いします。山中 住宅の基本は、「明るく 風通しのよい 緑のなかの 広い住まい」だと思います。約30年前に、ASTMで一歩を踏みだしたこのコンセプトは、時代をリードする考え方でした。その後、社会構造の変化もありましたが、このコンセプトに応えている住まいになったかというと一寸不安になります。私も船場で仕事をして半世紀、及ばずながら何かせねばと、有志と一緒にNPOをつくり勉強を続けて5年になります。そこでは「働き盛りの住める街」こそ船場の元気の原動力だとしています。———船場再生というか、船場ルネッサンスですね。山中 そう船場ルネッサンスです。もうひとふんばりのところです。私は「ASTM-Ⅱ」ともいうべき新しい提案がなされ、実現することを期待しています。そして皆さんがその一端を担って欲しいですね。これは間違いなく社会が建築に期待しているところです。皆さんにはこれを実現できる十分な能力があります。「できる能力のあるものは、やらねばならない義務がある」正に「ノーブレス オブリュージュ※3」の実践ですね。明るく、のびのび、へこたれないやり方でやってもらいたいですね。———今日はご多用の中、有難うございました。(聞き手:関谷 和則・横堀 伸・横田 隆志・岡田 朋子・田口 裕子)※2 船場 (せんば):大阪市中央区本町周辺の地名、4つの堀川に囲まれていた南北2km東西1kmの範囲。かつては大阪の中心地として、繊維問屋や商社、証券会社、銀行が集中していた。※3 noblesse oblige (仏):直訳「貴族の義務」が転じ「大いなる力には、大いなる責任が伴う」の意味。2万人が常住する、ニューヨーク ウォール街周辺山中 孔(やまなか とおる)1925年京都に生まれる1948年京都大学工学部建築学科卒業小林仙次建築事務所1953年株式会社竹中工務店入社1968年設計部長1972年住宅事業本部長1981年日本建築学会賞(業績)「芦屋浜高層住宅事業の企画と実施」1984年常務取締役設計分担1991年専務取締役設計分担1996年竹寿会会員 亭々亭主宰現在NPO法人これからの住まいを考える会 理事長主な作品1962年武庫川学院中学・高校・大学1963年阪急梅田駅 阪急三番街1969年大阪マーチャンダイズマート大阪国際ビルディング1978年芦屋浜高層住宅Interview
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