DESIGNWORKS Vol.16
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Interview和田章氏に聞く建築を設計していくうえで構造設計のあり方が、外観やインテリアのデザインそして空間構成におけるかなりの部分を支配しているといえます。言い換えると、構造設計の創意工夫によって、新しく自由な空間を創出する可能性があるといえるのではないでしょうか。2011年3月11日、私たちが体験した東日本大震災では、改めて建築物をつくるということの社会的責任と、「安全安心な都市をつくる」という構造設計者が担っている命題を痛切に感じさせられました。構造設計者の社会的責務そして空間デザインについて、日本建築学会会長に就任された和田章先生のお考えをお聞かせいただき、視察いただいた長楽寺禅堂はじめ竹中作品についてお話をお伺いした。宇宙原理と建築和田 宇宙の原理の一つに、「すべてのものは整然から混沌へ変化する」という単純な原理があり、この視点から、建築・構造を考えています。ここに“エントロピー”※1という指標があります。例えですが、塩と砂糖がお皿に入っているとしますね。料理をつくるのに甘く味付ける、または塩っ辛くする場合、塩と砂糖を使い分けることができます。この両方が混ざってしまった状態では、味付けができず役立たないですよね。つまり、塩と砂糖が分かれている状態のほうが、価値が高くエントロピーが小さいといい、混ぜてしまうと価値がなくなり、エントロピーが大きいという。この話を鉄にいいかえます。酸化鉄というのは地球上にいっぱいあって安定した状態ですけど、酸化鉄のままじゃ鉄として役に立たない。人間は酸素を還元して鋼にして価値を生みだしますが、そのときにはエネルギーが必要です。酸化鉄から鉄に還元するには洗練されているものほど、エントロピーは小さく価値が高い状況といえます。まぁ竹中工務店の作品はエントロピーが小さいのではないでしょうか。そしてこのような建築には、設計者や施工者の様々な知恵や建築への愛が集積されているはずです。構造設計者と建築家のコラボレーション———我々ゼネコン設計部は与えられた条件に対し、意匠・構造・設備そして施工というトータルでの最適解を導くことを目指しています。明確な目標設定に対して、様々な知恵を積み重ねていくと、建築としての強さ、つまりエントロピーを小さくすることができるということでしょうか。和田 エントロピーを小さくするためには、建築家と構造設計者のコラボレーションが望ましいと考えています。スペインのビルバオにちょっと変わった形で有名なグッゲンハイム美術館があります。建築家はフランク・O・ゲーリーです。H鋼やアングルを組み合わせた構造に、外観として薄いチタン板の仕上げをはっています。構造体はあくまで裏方で、構造計画の取り組みとしてはよく見ると美しくない。行き当たりばったりって感じなのです。それを見たとき日本の古典芸能の文楽と同じだと納得しました。文楽はひとつのお人形さんを何人かの黒子でコントロールするので、そこに黒子が見えています。最初のうちはあの人たちが操っている人形だなって見ているうちに、目には人形しか入らなくなる。ゲーリーの作品は、構造はどこにあるのだろうって見に行くと骨がありますが、来場者は誰もH鋼やアングルの裏方を見ないで、空間やチタン造形を認識している。でも、このような建築物が世界中にたくさんあったら、構造設計者はコークスとかが必要となるのです。川の水は高いほうから低いほうへ流れますね、すこし分かりにくいのですが、エントロピーはほおっておくと大きくなってしまう。これを留め、整然の状態にするためには、エネルギーの投入や人間の努力が必要になります。この原理を建物に置き換えて考えますと、建設会社がクレーンで高いところに鉄骨を積んだり、ボルトで留めたり、それからデザインすることなどは全部、この宇宙原理からすれば逆行していて、より整然とした、整ったものをつくりあげてく仕事ですから、宇宙原理と逆のことをやっているわけなのですね。東京タワーでもゴールデンゲートブリッジでもほっとくと錆びたり倒れてしまうから、ペンキを定期的に塗ったりして人は心をこめ手間をかけています。要するに、宇宙の原理はとにかくものを混沌とした状態、別の言葉では物理的かつ化学的に安定した状態にしようとするわけです。だから人間の力で作り上げた400m以上の高さの美しいモダン建築、世界貿易センタービルでも、飛行機が突っ込んで燃えてしまったら最後は崩れて瓦礫になってしまったのです。しかし、私たちの都市や建築をそんな瓦礫にならないように守り続けているのは「人間の知恵と努力」なのではではないでしょうか。すべてのものが崩れたがっている状況を、人間が知恵を絞り、最後の最後で守り続けているといえる。構造設計でもそういった知恵が求められていると思っています。———デザインもエントロピーの指標で説明できるのでしょうか。和田 デザインにもあてはまるのではと思います。下手なデザインは誰も見向きもしませんね。エントロピーが大きいほど面白くもなく、興味も湧かない。長楽寺禅堂写真:彰国社 畑拓※1 出展:「挑戦する構造」建築画報社(2011年3月)構造設計と空間デザイン‐We, structural engineers, exist to make the world a better place to live.Interview

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