DESIGNWORKS Vol.21
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辻 今後は医療政策上、患者を家庭へと早く戻すための病院機能の強化と連携を進めていこうとしています。これは医療経済上の理由からやむを得ない選択かとも思いますが、超高齢社会の患者を考えると、少し観点を変えていく必要があるのではないかと思います。これまでは社会で再生産をする生産人口を治療する病院をモデルとしていましたが、今後は、生産人口ではなく、高齢患者の入院治療が主体のモデルとして捉えなおさなければならないのでしょう。しかも急性期病院を退院して、家庭へと戻っても、すぐに再入院を繰り返すサイクルとなる。高齢患者にとって病院はもはや闘病のための特別な場ではなく、普段の生活の一場面となっていくのではないでしょうか。このような社会の中の病院は治療工場であってはいけないと思います。人が人らしく、いつの場合も尊厳を持って過ごせる場づくり、病院づくりをしなくてはならないと考えます。建築でできることは限られていますが、病院はソフトとハードと共にフェロー・トラベラー(人生の同伴者)でなければなりません。人を幸せにする病院建築をつくっていきたいと考えています。———最後に、私たち竹中工務店という建築集団に対して、今後どういう視点での発展性があるべきか、ご意見いただけますか。辻 最近、よくデザインビルドという言葉を聞きますね。近年は、病院建築・設備設計に高度な機能性と厳しい合理性が要求されるようになってきており、手戻りのない経済的で確実な設計施工が求められます。それに対応するには、設計段階から技術力や総合力を持ったゼネコンの機動力を活用することは有用です。しかし、設計と施工の責任分離の観点から、なかなか踏み切れないできましたが、基本設計は設計事務所の責任とし、実施設計段階からは設計事務所と施工会社の協同設計でも良いとする案件も増えてきています。やっとゼネコン設計の品質に社会が気付いてきた証でしょう。竹中の設計と施工の高品質さには、私が厚労省で国立病院を設計している時代から一目置いてきました。あえて何か注文を付けるとなると、皆さんは日本でも屈指の建築組織なのだから、今まで以上に積極的に建築主側に提案していっても良いのではないかと思います。また、これまでは欧米の病院建築を取り入れる方向で進んできましたが、日本は世界に先駆け超高齢社会のトップランナーとなってしまいました。我々は、超高齢社会に合わせた日本の制度や風土に合った独自の病院づくりを進めていかなくてはなりません。先進諸国も後追いで超高齢化していきますから、今後は逆に、欧米に日本の病院プランを提案するビジネスチャンスが生まれるのではないかと期待しています。今後は、超高齢社会を始めとした、社会のニーズに合わせた新しいコンセプトリーダーとして提案し、ソフトとハードをつなぐ新たなデザインを、医療福祉本部と設計部が協働して提案していければと思います。それにより、建築主も患者も設計者・施工者も共に幸せになれる医療福祉建築が実現していくことを願っています。———本日はありがとうございました。(聞き手:�糸山 剛・関谷 和則・吉岡 英一・田村 望垣田 淳・本山 裕道)サンディエゴの小児病院 テラスを持つ病院※7辻 吉隆(ツジ ヨシタカ)/病院建築家1975年京都大学大学院工学研究科建築学専攻修了1975年厚生省医務局整備課1984年厚生省保健医療局国立病院部経営指導課建築専門官1996年国立医療・病院管理研究所施設計画部室長2008年厚生労働省大臣官房会計課施設整備室長2009年厚生労働省退官2011年竹中工務店医療福祉本部主監現在に至る主な設計国立病院機構岡山医療センター(2001)国立成育医療研究センター(2002)国立国際医療研究センター(2010)国立精神・神経医療研究センター(2010)著書『医療福祉施設 計画・設計のための法令ハンドブック』(中央法規出版、2012)『新しい感染症病室の施設計画ガイドライン』(へるす出版、2001)※1 超高齢社会:65歳以上の人口が総人口に占める割合が21%以上を占める社会のこと。日本は2007年に超高齢社会となった。日本の高齢化は、世界に例をみない速度で進行している。※2 ウォークイン型手術室:手術前麻酔を廃止し患者が自ら歩いて入室する手術室。手術前と手術後の患者が鉢合わせしない様、手術部門内の動線を一方通行とした手術部門。※3 人口ボーナス:総人口の中で生産年齢人口(15~64歳)が増え、年少(14歳以下)と老年(65歳以上)を足した、いわゆる従属人口が相対的に減少した状態を指す。労働力が豊富で消費や税収が増える一方、教育や医療、年金など社会福祉の負担が軽くなる。貯蓄率が上昇し投資が活発化し、経済成長の要因になる。日本は高度成長期に人口ボーナス期を迎えた。※4 急性期病院:急性疾患や慢性疾患の急性増悪などで緊急・重症な状態にある患者に対して入院・手術・検査など高度で専門的な医療を提供する病院。対義語は慢性期病院。※5 Acuity Adaptable Room(AAR):患者に対する急性期から回復期までの継続したケアの提供をサポートする個室病室で、患者の回復過程での部屋替えの必要性を減らし、患者にとっての療養プロセスにその家族を参加させるもの。※6 個室的多床室:多床室内の各患者専用の窓を設けることにより、光(採光)と風(通風)と眺望を患者自らコントロールできるようにした病室。一般的な正形の病室に対し、個室的多床室の多くは凸型の形状をしている。※7 辻氏提供。※A 国立成育医療研究センター設計:厚生労働省医政局国立病院課、日建設計、仙田満+環境デザイン研究所、日建スペースデザイン※B 近藤内科病院設計:古谷誠章+八木佐千子+NASCA※C 国立国際医療研究センター設計:厚生労働省大臣官房会計課施設整備室+日建設計Interview

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