DESIGNWORKS Vol.22
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講評:松村秀一氏 仕事柄、全国の林産地を訪ねる機会は少なくないし、木材や木造の建築関係者と意見を交わす機会も多い。ただし、私はできるだけクールな立場から発言するように心掛けてきた。生産側がいくら国土保全だ、省CO2だ、地域産業振興だと熱っぽく議論してみても、肝心の市場はとてもクールだからだ。建築を利用する人たちの中に国産材と輸入材を見分けられる人は多くないし、利用者にとってその価値の差は全くないに等しい。ましてや、仕上がった後に隠れてしまう場合には、その構造が木造なのか鋼構造なのかRC構造なのか、利用者にはどうでも良いことである。反応するのはコストの違いだけかもしれない。先日も北海道で道産材の利用拡大に関するシンポジウムに呼ばれた。業界関係者がいうところの川上、即ち林業関係者、川中、即ち製材関係者、そして川下、即ち地元建設業者や設計者が一堂に会し、互いの厳しい経営事情とその中での新たな取組みを紹介し合っていた。まだまだ難しい問題は山積しているが、地域一丸となって一歩づつ頑張ろうという感じで話は進んだが、パネリストの一人であった私は対応に困った。例えば道産材を木造住宅の構造部分に使った場合、一般に利用されている外材と比べて戸当たり数10万円~100万円程度は余計にかかってしまうと聞かされていたからだ。道産材が輸入材と比べて性能上格段に優れている訳でもない以上、一般の施主がこの余計な金額を負担する理由はない。そんな状況の中での努力の積重ねにはどんなリアリティがあるのか、正直私にはわからなかった。思わず「ここでの議論は、ゴールがどこにあるかも、その大きさもわからないまま、場合によっては思っている方向にゴールがないかもしれないのに、バックからボランチ、フォワードへの攻撃の組立てをひたすら練習しているサッカーチームのようだ」という主旨の発言をした。折角の議論に水を差すようで申し訳なくはあった。ところが、この発言は意外に暖かく共感をもって受け入れられた。シンポジウムの後の懇親会では「ゴール」についての議論で盛り上がった。さて、今回のコンペである。木造や国産材とは縁がないと思っていた大手ゼネコンの若手設計者が、木材を利用することで都市の将来や居住空間の将来を切り拓く方法について様々な思考を巡らせ、実現可能性のある提案にまとめたことに、正直驚いた。木造の世界には、これまでその世界と接点を持っていなかった若い世代の人たち、殊に「ゴール」の位置や大きさに嗅覚の働く人たちの参加が必要であり、そうした意味で竹中工務店の若手設計者・技術者がこの世界に瑞々しい感覚で近づくことはとても好ましいことだと思う。これを機会に、全国の林産地の人々との交流の機会を持たれることを大いに期待したい。講評:腰原幹雄氏 今回のシンポジウムでは、木質材料の特徴である「軽量、曲がる、循環型資源(仮設使用)、木組」と、森林、エコロジーといった木質材料をとりまく環境に注目した提案がされた。これからの木造建築では、建築物をとりまく周辺環境についても考えなければならない。日本で1000年以上の歴史をもつ木造建築とはいっても、これから生まれる木造建築がそれと同じという訳ではない。現在の生活スタイル、社会システム、技術にもとづいたものである必要がある。「屋上木化」は木質材料が軽量である特徴を生かした木造建築による増築。既存建物の有効活用が必要とされる中、街の表情を変えることができる提案である。耐火性能の現在の技術限界から上層階にのみ木造が適用可能としているが、経済性重視の安価な増築となるか、木造空間の付加価値がついた魅力ある空間となるかが、今後の木造建築の位置づけを左右することになるだろう。「木層建築」では、木質材料の適当さ、際立って高い性能を示すことはできないが、触感、断熱、吸湿、構造といったさまざまな性能が「そこそこある」ことに注目している。その性能を補ったのが、層構成である。木造建築の壁面はさまざまな性能をもつ層で構成されてきた。その層をさらに際立たせ空間として表現している。そこそこ、ほどほどがこれから木材の価値観として社会的に認知されていけば、木材の使用範囲はもっと広がっていく。「ウダツ」は曲がりくねった路地空間の魅力と大火の危険性を併せ持つ下町の木造密集市街地への提案である。個々の建築の耐震・耐火性能を向上させようとする現在の仕組みに対して、街区をひとつの建物として安全性を担保する仕組みとして、古くは街区境に防火壁が設けられていた。路地の魅力と防災の両立も、建物と街の考え方を変えれば実現できるはずである。「東京湾木材文化中心」では、東京での森林資源が考えられている。木材についてみれば、地産地消が必ずしも正解ではない。森林資源が豊かなところで大きな建築の需要があるわけではなく、都市部にこそ日本の森林資源の現状、有効活用を思い起こさせる場が必要である。木造建築が難しいと言われてきたのは構造解析の問題だけでなく、循環型資源としてそれをとりまく林業、木材工業、建設業、廃棄物処理業といったさまざまな業界との関連に配慮する必要があったからである。逆に、こうした背景を理解すれば現在当たり前にあるRC造やS造とは異なる建築が生み出されるはずであり、その実現を期待したい。基調講演の様子パネルディスカッションの様子小玉 祐一郎 (コダマ ユウイチロウ) /建築家・工学博士1946年 秋田県生まれ 1969年 東京工業大学建築学科卒業 1976年 東京工業大学大学院博士課程修了、同大学院助手1978年 建設省建築研究所主任研究員・室長・部長 1998年 神戸芸術工科大学 環境・建築デザイン学科教授 ㈱エステック計画研究所主宰 NPO法人つくば建築研究会 理事長 松村 秀一 (マツムラ シュウイチ) /工学博士1957年 兵庫県生まれ 1985年 東京大学大学院博士課程修了 1986年 東京大学工学部建築学科専任講師1990年 東京大学工学部建築学科専攻助教授 1992年 ローマ大学客員教授、96年トレント大学客員教授2004年 南京大学客員教授、05年大連理工大学客員教授2006年 東京大学大学院工学系研究科建築学専攻教授2007年 モントリオール大学客員教授2011年 ラフバラ大学客員教授腰原 幹雄 (コシハラ ミキオ) /工学博士1968年 千葉県生まれ 1994年 東京大学大学院 修士課程修了 1994~2000年 構造設計集団2001年 東京大学大学院博士課程修了1994~2000年 東京大学大学院助手2005年 東京大学生産技術研究所准教授2012年 東京大学生産技術研究所教授 NPO法人team Timberize 理事長03Special Issue

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