DESIGNWORKS Vol25
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今は無き博報堂ビル(岡田信一郎、1930)※1写真:倉方俊輔な住まい方の提案がなされているというよりも、あくまで穏健で良好な空間です。端的に言えば、住居の中心が「普通」なのです。しかし、都市居住というものは、そもそもそれで良いのではないでしょうか。住空間、とりわけ都市の住まいというものは歴史的に見た時、その時代と地域ごとの特徴はあるとしても、その中でのつくりは平凡です。極端に言えば、住まいは娯楽ではないのですから、本来、居室空間の「面白さ」を追究するようなものではない。ある種の箱で良い。その箱に都市との良好な関係を得るための設定がどうなされているかが大事なのであって、内部に吹き抜けがあるとか、今までにない空間が追究されているといったことが主眼ではなさそうです。住空間の良好なストックを、できるだけ多く供給するという意志が、今回拝見させていただいた作品からは感じられました。ストックというのは高品質というだけではなく、一般性を持ち、住み手がカスタマイズ可能であり、あるいは転売や転用の妨げにならないということも含まれるでしょう。では、同じハコのようなものを建てればいいかというと、そうはならない。なぜなら、先ほど申しあげたように、建築が建つ場所というものが固有だからです。しかも、クライアントやプログラムがつくる物語もあります。ある種のスタンダードである内部が、外部に良好に接続しているか、逆に外部に圧迫感や警戒感を与えないか、そこでは部屋の配置や全体の形態と同様に、ルーバーのピッチや窓のディテールも決定的であると思います。良好なストックの形成というのは、そのような一つ一つの達成の集積に他なりません。「与条件の過激化」の誘惑を避けながら「あらゆる場所に住居を成立させること」、場所性の中で住まう場所を成立させていく時の「設計作法」とも言うべきものが、竹中工務店の中で脈々と受け継がれている。このことが組織設計事務所が手がける住居が社会から何を期待されるかを考えた時に、改めて大事なことだと私は強く思います。そういった一般性と固有性を取り結ぶものがデザインです。モダニズムと様式   日本とは違いヨーロッパの都市では良好なストックとしての建築が作り続けられていると感じますが、その要因はどこにあるとお考えですか。倉方 「様式」が存在したことではないでしょうか。もちろん、現在は20世紀前半までのような様式主義建築の時代では無いですが、様式というスタンダードが都市全体を覆い、細部の個性を保証するといった枠組みが存在したことは大きいと考えています。今でもそうした都市性は、超えるべきハードルとして残存しているでしょう。例えばファサードという考え方にしてもそうです。それは一つ一つの建築をどのように都市に接触させていくかという気配であり、遠景、中景、近景のそれぞれにおいてデザインを充実させることが、人の動きに呼応した建築の生き生きとした感じを生むわけです。   遠景、中景、近景といった様々な視点で検討するように社内のデザインレビューで指摘されることが多々あります。倉方 一般的には「遠景、中景、近景」という説明は、建築の専門以外の方に向けて様式主義建築、例えば洋館などの一般的な特徴を説明するときに便利です。様式主義建築は通常、遠目に見ると都市に呼応するプロポーションが抽象的な美をつくっていて、近づけばオーダーなどの様式的細部が具体的に楽しませてくれる。さらに近くで寄ると、それを構成するディテール、つまり柱頭の葉の一枚一枚だったり、素材の肌合いが好ましく、親しみやすい。そんな風に遠景、中景、近景のそれぞれで違う建築の顔が現れて、深みを備えています。そのルールに則っていても個性的だったり、超絶的に美しいものが立ち現れるのだけど、もっと大事なのは、その他大勢に対する効果であって、様式主義の存在はある水準を達成させてくれます。そんなマナーのようなものが「様式」であって、様式は決して書き割りのような表面上のスタイルではない。そんな話をすると、様式主義建築がそのあたりのビルのような、あるいはモダニズム建築のようなものと何が異なるのかということが分かりやすいわけです。ただ、実際にはモダニズムであっても「遠景、中景、近景」という性格は持ち得るわけです。現実に街を歩いてみれば、そうした言葉が適用できそうな、都市的な配慮を持った建築の存在に気付かされます。竹中工務店の作品は、一見するとシンプルなようで、そうした重層性が意識されているのではないでしょうか。遠目から見た時に全体のシルエットが適切で、さらに近づいた時に各部のバランスが良く、もっと近づくと素材に味があるといったような特徴は、先ほど述べたように今回拝見した作品からも伺えました。 「様々な視点で検討する」というのは、設計に、そんな都市と建築と人間を結ぶ作法が必要だということを一言で表現した言葉だろうと思います。竹中工務店に受け継がれている良きInterview03

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