DESIGNWORKS_Vol48
4/36

Interview02本号では、昨今の社会における住まい方の多様なニーズを受け、「シェアする暮らし」をテーマとして集合住宅を中心に特集しています。インタビューに先立ち、東京工業大学教授の奥山信一先生に「竹中工務店深江竹友寮」(神戸市)と「アサヒファシリティズ蛍池寮 楓」(豊中市)をご視察いただいたうえ、シェアリビングと建築のこれからについてお話しいただきました。   まずは、ご覧いただいた2作品について感想をお聞かせください。奥山 2作品とも形態や素材に関する緻密なデザインが施され、そこに家具などが効果的に挿入され、空間のつながりの素晴らしい仕組みが生まれていました。かつて山本理顕さんは、パブリック・コモン・プライベートという一般的な空間配列の順序を逆転させて、パブリックとプライベートを直結し、文化人類学的な調査を踏まえながら、新しい空間配列の形式の可能性を提示しましたね。そのような考え方は、もちろんとてもユニークだったし、また新しい形式を生み出す上で有効でした。しかし、今回の両作品はパブリック・コモン・プライベートの配列を崩さずに設計している。基本を踏襲しつつ、新しい社員寮の在り方を模索する姿勢に共感しました。蛍池寮は、平面的に建物を分節して街との関係を作りつつ、全体のボリュームを抑えて周辺環境に呼応させ、それぞれのボリュームの中庭を中心とした求心性をもった配置や、メインとサブの2つのエントランスによる通り抜け動線の設定によって、建物と街との関係が巧妙かつ的確にデザインされていましたね。スーパーゼネコンの仕事としては小規模ですが、この規模の建築をこれほど丁寧にデザインする人がゼネコンにいること、そしてそれを支える組織の許容力に驚きました。設計者が注いだ膨大な時間とエネルギーに感服いたします。規模は小さくても、とても大きな価値のある作品だと思います。学生たちには、大きな設計組織でも、自身の環境をつくれば優れた空間を生み出せるのだということを伝えたいと思いました。今の学生たちは、大きな組織では既存の仕組みの中で設計が決まってしまうと思っている節がありますからね。小さな規模の建築に真摯に向き合う設計者がいるということは、とても励みになると思います。   様々な制約の中で設計をコントロールできる範囲をいかに保つかは、設計者にとって重要なことですね。奥山 学生時代、吉岡文庫育英会の講演会で聞いた竹中工務店の設計部長のお話が記憶に残っています。彼が若いときはアルミサッシが普及していなかったので、すべて原寸図面を描き、それをメーカーの人たちに渡して指導したそうです。つまり、当時の組織の設計者にはそのようにメーカーを育成する役割があったんですね。それが、ある時期から変わってしまって、メーカーが自社のノウハウをもとにイメージを出してきて、設計者はその中から選択するようになってきたと。それに慣れると楽だが、建築にスピリッツが宿らない。メーカーの力を利用しつつ、それでもやっぱり設計者から提案すべきだ、というメッセージをいただきました。これは今でもよく覚えています。同様に、東京大学の構法研究の第一人者である松村秀一先生は「いま、日本で住宅地やオフィス街の景観は建築家ではなくメーカーがつくっている」とおっしゃっていました。実際に住宅の設計をしていると、外装、サッシ、玄関ポーチなど、ほとんどすべてアッセンブリ化されていることに気づかされますし、既製品から選んでカスタマイズしないとコストが調整できない不自由な時代を感じます。そのような状況に対してこれから何をするべきか、建築家は考えるべきでしょう。より多様な経験を提供する社員寮へ   両作品を比較してお気づきになられたことはありますか。奥山 深江竹友寮は275人、蛍池寮は30人と、規模が大きく違います。それによって、空間と人の活動の関係が異なっているように感じました。蛍池寮では建築そのものが人の活動を生み出す装置として機能しているのに対して、深江竹友寮はその役割を主に家具的な要素が担っています。階段の広い部分に座るとミニシアターの座席として使用できるというお話も伺いましたが、活動をアフォードするよりも美しい階段のデザインが優先しているような印象も受けました。建築の規模が大きくなるほど、空間と人の行為を直接的に繋ぐことの難易度は増しますからね。加えて、深江竹友寮は一括集中管理の仕組みが強く印象に残りました。今日の流動的な奥山信一氏に聞く集まって住むこと-社会の変遷と建築の普遍性Interviewアサヒファシリティズ蛍池寮 楓写真:母倉知樹アサヒファシリティズ蛍池寮 楓写真:母倉知樹竹中工務店 深江竹友寮写真:母倉知樹

元のページ  ../index.html#4

このブックを見る