自然資本の保全への取り組み
当社が生物多様性保全に取り組む理由
現在、世界人口の過半が都市に集中していますが、その都市は生物多様性がもたらす恵沢(生態系サービス)に依存して成立しています。そして世界で加速する生物多様性の劣化の原因の多くが都市の社会経済活動にあると考えられています。したがって、 2015年に国連サミットで全会一致で採択されたSDGs(持続可能な開発目標)達成のためには、17の目標のうち社会・経済側面の目標の基盤となる自然資本の目標、つまり生物多様性を保全することが世界共通の課題となっています。
当社は、成長戦略に掲げる「まちづくり総合エンジニアリング企業」として、これまで「生物多様性活動指針」を具現化する「竹中生物多様性促進プログラム」を推進してきました。このプログラムを通して、生物多様性保全を含む社会課題の解決力を高め、持続可能な社会の実現に寄与することを目指しています。
今回は、兵庫県川西市にある竹中研修所内の「清和台の森」をフィールドにした、SDGsを支える自然資本への当社の取り組み「清和台の森づくり」活動を紹介します。
清和台の森
SDGsの実現に貢献する「清和台の森づくり活動」
~生物多様性の保全と向上へ向けた人づくり~
当社では業界に先駆けて環境への取り組みを進めてきました。当社の取り組みは、1971年に「設計に緑を」を標語に掲げたことから始まり、1992年に地球環境憲章、2009年に環境方針、2010年に環境メッセージ「人と自然をつなぐ」、2012年には「生物多様性活動指針」を制定しています。
そして、2017年には環境方針や生物多様性活動指針を具現化する竹中生物多様性促進プログラムのひとつとして「清和台の森づくり」プロジェクトを立ち上げました。
「清和台の森づくり」は、生態系・生物多様性保全のモデルをつくり、実践する活動で、①従業員主導による整備・保全活動、②体験型研修、③研究開発・環境技術発信、④ステークホルダーとの連携・協働という4つの活動を行います。
これらの活動を進めるにあたり、外部専門家として「兵庫県立人と自然の博物館」の協力を得て、「清和台の森」を日の光の入らない常緑樹林から、落葉樹を中心とした明るく生物多様性の高い里山林への転換を図っています。
活動の開始にあたっては、まず、長年手つかずであった森の整備に着手し、侵略的外来種の伐採を行い、森づくり活動の拠点となる「フィールドセンター」や「自然観察路」の整備を行いました。
2018年からは、②体験型研修を本格的に始動させ、地元ステークホルダーの方々にもご協力をいただきながら、里山の保全・利用の実例に学ぶ活動も開始しました。
従業員のマインドセットを変える「清和台の森づくり研修」
「清和台の森」が位置する北摂地域には、「日本一の里山」といわれる黒川地区があります。里山のクヌギを使って生産される炭は、500年以上前から「菊炭」や「池田炭」と呼ばれ、茶の湯に使う高級炭として重宝されてきました。黒川地区周辺には、菊炭の原木であるクヌギを10年周期で輪伐することで様々な樹齢の林がモザイク状に分布する独特の景観や、アカマツ、コナラなどからなる里山林の景観が今も見られます。これらは、里山を利用し、手入れし続けることで維持されてきた貴重な景観です。この「日本一の里山」から学び、竹中研修所に「清和台の森」をつくる研修は、単に緑地管理技術を学ぶものではなく、「初級研修」「中級研修」のステップを通じて、社会や地域に貢献できるスキルを発掘し磨くためのプログラムであり、広く社会課題を解決できる次世代リーダーの育成を目的としています。
「初級研修」
初級研修は、黒川地区の見学から始まります。里山から伐り出したクヌギを炭焼きにする窯を見学し、茶道に用いられる貴重な「菊炭」づくりについて、炭焼き農家の今西さんからお話を伺います。里山からその恵みを受けるためには、人間がいかに長い年月にわたって里山を手入れし続けることが重要かを実感します。また、近傍の妙見山で活動している市民団体「川西里山クラブ」や能勢電鉄(株)の活動フィールドを訪問し、川西市の天然記念物エドヒガン群生地の保全・再生活動などを見学します。翌日の座学では、生物多様性を守るための里山管理の重要性と「清和台の森」の価値について学び、野外実習では、には、「清和台の森」において、森の中での植物観察を行う他、全国各地から参加した受講者が協力しながら方形区画を設定して植生調査を行い、植物の種類と樹高、枝葉が覆う面積などを調査します。
「中級研修」
中級研修では、専門家から生物多様性を高めるために、光を遮る常緑広葉樹を伐るなどして林内に光を入れ、多様な植物の生長を促す必要があることを学び、その後実際に初級研修で調査したエリアの常緑広葉樹を伐採します。約4時間の作業時間で見違えるほど見通しが良く明るい林になります。
最後に、初級・中級あわせて4日間の研修を振返り、自分が考えるサステナビリティとは何か、清和台の森を今後どう活かしていくかなどをテーマとしたワークショップを行い、社会課題の解決につながる幅広いアイデアを出し合います。
現在は、ここで出された多くのアイデアを具体的な施策へと展開する検討を進めています。
「上級研修」
2018年から稼働した初級・中級研修の修了生を対象に、2021年より、生物多様性に関わる社会課題を解決できる次世代のリーダーを育成することを目指しています。
ワークショップを主体に、生物多様性の保全・向上を図る上で、実際に具現化できるソリューションを様々な角度から検討します。
2022年12月のCOP15(第15回生物多様性条約締約国会議)により、生物多様性への取り組みが大きくクローズアップされ、世界的な潮流となることが予想されるなか、この研修の成果が大いに期待されています。
「森づくり研修」は、会社が受講者を指名する従来型の研修ではなく、従業員自らの挙手制による応募型研修であり、毎回、全国各地から部門を超えた多種多様な人材が集まります。研修終了後のアンケート調査においても毎回非常に高い満足度が示されており、業務の内外を問わず、その後の行動変容へとつながっています。
「森づくり」から「人づくりへ」
今後は、「活動② 体験型研修」を継続しながら、「活動④ ステークホルダーとの連携・協働」を強化しながら、「活動①従業員主導による整備・保全活動」を行い、「活動③ 研究開発・環境技術 発信」へとつなげていきます。そして、「清和台の森づくり」を通じて得た知見を、他の地域での建築作品やまちづくりへと生かし、展開していきます。
現在、清和台の森の保全・整備・活用に向けたゾーニングを行い、今後20年間の森づくりのシナリオを作っています。とくに、広大なグラウンドでは、原寸大の緑地モデルや苗木を育てる苗圃をつくるなど、人が集い、気づきを得る新たな学びの場として機能するフィールドとして活用し、部門や組織を超えたコミュニケーションから、新たなビジネスモデルが生まれることも期待しています。
都市を支える社会・経済の基盤は自然資本です。自然資本を支える生物多様性の保全を自分事化し、仲間を増やし、楽しみながら、ゆっくりと、しかし着実に、地域の課題解決やまちづくりといった複雑かつ多目的で統合的なミッションに立ち向かい、新たな時代を担う力を養う「人づくり」活動をこれからも継続していきます。
(イメージ図)
Voice
兵庫県立 人と自然の博物館 橋本佳延主任研究員
私たちの生活様式は明治時代の開国以降に西洋化が進み、戦後、木質燃料から化石燃料にエネルギーを替えたことで急激に変化しました。高度成長期には人口の増加に伴う市街地の拡大により緑地や水辺の面積が減少し、市街地内は建物が密集して緑の乏しい環境へと変わりました。
このことは、人と自然の関係にも大きな変化をもたらしました。戦前は、主に人が自然の回復力を越えて利用しすぎることによって、高度成長期は、主に開発の進行による生物の生育・生息空間の減少によって、生物多様性の喪失が起こりました。高度成長期以降の現在は、主に里地・里山などで人が自然との関わりを減らしすぎたためにバランスが崩れ、生物多様性の喪失が進んでいます。特に戦後は自然と関わる機会が減り続けており、森、草原、川、海などの身の周りの自然から様々な恵みを得たり、自然からの様々な脅威をしなやかにいなしたりする「自然とともに暮らす知恵」を、私たちは失いつつあります。
このような様々な課題を解決していくには、先人達が蓄積してきた「自然とともに暮らす知恵」を学び、その上に新しい知識・技術を積み上げながら行動を起こしていくことが必要です。私のような研究者が調査し警鐘を鳴らすだけではなく、企業、行政、市民など様々な立場の人々がともに手を携えて取り組むことも求められます。様々な業種の企業が存在する中で、社会インフラの整備にかかわる建築業界に期待される役割は非常に大きいと私は考えます。
2017年から清和台研修所にて取り組まれている「清和台の森づくり」は、研修所が位置する北摂地域の高級茶道用炭の生産により維持される伝統的里山や、生物多様性保全を目的とした市民・企業参加型の現代的な里山をモデルとして、自社の所有地の環境を周辺地域の自然環境と調和させ、様々な生き物が暮らせる場所へと育む活動です。
また、この活動は、社員の生物多様性の保全と活用に関する学びの機会としても重要な役割も果たしています。「清和台の森づくり」プログラムでは里山の様々な動植物や地域の人々の営みに触れて、体験することが重視されています。このことにより、プログラムに参加した社員のみなさんは生物多様性について単なる知識としてではなく、「腑に落ちる」知識としてとらえやすくなります。腑に落ちれば、学びの成果を日々の業務や生活に取り込みやすくなります。結果として本業を通して生物多様性の課題解決に貢献する力が少しずつ、確実に蓄えられているのではと期待します。
清和台研修所では、2022年度までの活動参加者を中心に、2023年からさらに本格的な森づくり活動や自然と暮らす新しいまちの姿を模索する試みが展開されると聞いています。これらの活動で新しい知見・技術が培われること、また、企業活動を通してそれらが社会に広く適用され、人と自然の調和的な関係が保たれた豊かな生活が営める「まち」が広がることを願っています。
兵庫県立 人と自然の博物館 橋本佳延主任研究員