健築 生きる場所をつくる
Feature
“健築”
-生きる場所をつくる-

日本を取り巻く”健康”の課題

日本は世界有数の長寿国です。一方で、「日常生活に制限のない期間」である健康寿命と平均寿命との間には10年程度の隔たりがあるのが現状です。
また、住環境や地域環境が人々の行動や健康状態に影響を与えることを報告する研究論文も増加しています。
例えば、食料品店へのアクセスが悪い地域に住む高齢者は、良い地域に住む人に比べ、認知症になるリスクが増えることがわかっています。

近隣の食料品店数(主観的測定)

Tani, Y. et.al. (2019). Neighborhood Food Environment and Dementia Incidence: the Japan Gerontological Evaluation Study Cohort Survey. American Journal of Preventive Medicine, 56(3), 383–392.より

このような中で、健康という視点から空間のデザイン・構築・運用を評価する「WELL Building Standard®」が運用されるなど、不動産・建築分野においても建物や街区の健康性能への関心が高まっています。
社会の成長と成熟が進む中で、日本のみならずグローバルに見ても、健康な空間づくり・まちづくりに対する期待は、今後ますます高まっていくでしょう。

”健築”

前述のような社会背景を受けて、「健築®」と名付けた活動を2015年よりスタートしました。
2016年10月には、千葉大学予防医学センターに「竹中工務店 健康空間・まちづくり寄附研究部門」を設置し、その活動を本格化させるとともに、「健築®」のコンセプトを構想しました。
この中で、エビデンスをベースに「空間デザイン」すること、一人ひとりのいきいきとした生活行動を促進する「プログラム」を提供すること、そして空間デザインやプログラムがもたらした効果を科学的に「分析・評価」すること、という3つのアクションを継続的・循環的に行っていく必要があることを示しました。
「ハード」としての建築だけに留まらない価値提供を目指すという考え方は、「まちづくり総合エンジニアリング企業」として求められる社会システムをデザインし、社会との共有価値を創造していくこととも合致したものであり、当社グループは「健築®」を社会課題に応える活動に位置づけて推進しています。

「健築」の3つのアクション

「健築®」の3つのアクション

”健築”の基盤を構築するために

「健築®」の活動をスタートさせた時点において、当社が目指している『個人の健康増進を図る前に、その人が生活する環境を整えることで健康をもたらす「ゼロ次予防」の社会』は、専門家の中では認知が進んでいたものの、社会や一般の人々の理解は必ずしも十分ではありませんでした。
そこで当社は千葉大学予防医学センターと連携し、2015年からステークホルダーコミュニケーションを継続的に実施してまいりました。この活動を通じて、医学や健康に関わるアカデミアの専門家だけでなく、健康増進をビジネスとして実践されている企業の方も含めて、幅広い関係者との対話を重ねることができ、健康な空間づくり・まちづくりの方向性を一層具体化することができました。また、2016年からは、ステークホルダーコミュニケーションや「健築®」活動を通じて積み重ねられた知見を広く社会一般と共有する取り組みとして「健康社会と空間・まちづくりシンポジウム」を毎年開催しています。
2018年からは「健築®」活動の更なる認知度向上を目指して、当社の社外ホームページとは独立する形でウェブサイトを開設しました。このウェブサイトでは、ブログによる情報発信なども含めて、誰にとっても身近なテーマである「健康」の特性を活かして、幅を広げた接点づくりを目指しています。

シンポジウムの様子
ディスカッションの様子

2020年3月末現在、13回のステークホルダーコミュニケーションと4回のシンポジウムを開催、幅広い関係者との関係構築を行ってきた

「健築®」活動の更なる認知度向上を目指して開設した健築ウェブサイト

生きる場所をつくる 健築


健築活動の実践① ta-tta-tta

さまざまな研究を通じて、「座りすぎ」が健康に悪影響を及ぼすことが少しずつ明らかになってきています。先進諸国でのライフスタイルでは1日の約60%を座って過ごすとされ、とりわけ日本人は座っている時間が世界的に見ても長いことが指摘されています。
こうした現状に対し、オフィスワーカーにとって当たり前の「座りながら仕事」を見直す動きも出てきて、スタンディングデスクなどの導入も少しずつ進んできています。オフィスにおける省エネや身体活動増進のために「階段」を活用することは、以前より広く推奨されてきていますが、階段昇降そのものは非常に単調で、継続的な利用者が限られてしまうことが課題でした。
そこで当社は、博報堂と連携し、階段を継続的に楽しく昇ってもらうためのシステム「ta-tta-tta®」の開発を進めています。「ta-tta-tta®」は、階段に設置されたセンサが利用者が持つ無線個人認証タグを認識することで、階段を昇っているタイミングに合わせて、その人の階段利用履歴に応じた画像を階段壁面等に投影することで、楽しく階段を利用してもらうためのシステムです。当社従業員を対象とした実証を通じて、一人ひとりの階段利用を増やせる可能性を確認しています。
今後は「ta-tta-tta®」の魅力を広く発信していくことで、システムの実プロジェクトへの展開を推進し、誰もが自然と階段を利用しながら働ける健康なオフィスづくりに向けた活動を強化していきます。

ta-tta-tta®

健築活動の実践② 従業員に対するアンケート (分析評価)

建築環境と健康との関連に関わるエビデンスが必ずしも十分でない中で、当社は千葉大学予防医学センターと協業し、当社従業員を対象としたオフィス環境・オフィス内行動と健康との関連についてのコホート調査を2016年から実施しています。
調査研究は現在も進行中の状況ですが、これまで取得されたデータからも、普段利用する自席以外の作業スペースの多さや打合せスペースの多さがワーク・エンゲイジメント(いきいきと働けること)と関連していること、2年後の階段利用が増えている人において職場の社会的なつながりが維持されることなど、当社オフィスにも導入されているABW(Activity-based Working:仕事内容などに合わせて働く場所を決めるワークスタイル)の良い影響を示唆するような結果も得られ始めています。

打合せスペースとワーク・エンゲイジメントとの関連

打合せスペースとワーク・エンゲイジメントとの関連

健築活動の実践③ イオンモール宮崎

イオンモール宮崎における「健康への気づき」を促す空間デザイン・プログラムでは、事後の利用者調査も含めて「健築®」の3つのアクションをトータルで実践しました。
イオンモール宮崎では、商業施設の一角に科学論文などから抽出したエビデンスをベースに「健康への気づき」を与える空間とプログラムを構築しました。具体的には、年代別・身長別に歩幅をチェックする「ステップウォーキング」、流れる音をきっかけに屋内階段の利用を促しながら脳を刺激する「クライムウォーキング」、速度・姿勢・バランスから自分自身の歩行年齢を測定する「バランスウォーキング」の3つの空間・プログラムをイオンモールウォーキングのコースに沿って設置しました。設置後、複数回にわたって利用者調査を実施、これらの空間・プログラムが、来店する動機の一部となっていること、自分自身の健康に意識を向けるきっかけとなっていることなどを確認いたしました。

イオンモール宮崎

イオンモール宮崎

おわりに

ゼロ次予防に結びつくような空間づくり・まちづくりに向けては、これを当社だけ進めていくことはできません。これからの日本、そして世界を支える新しい社会システムとして、幅広い知見やさまざまな技術・サービスを持つ多様なステークホルダーと一緒になって、その実現に向けた歩みを進めていくことが不可欠です。
そのような多くのステークホルダーとの連携によるエコシステムの生成にも取り組みながら、当社は今後も、サステナブルな社会の実現に向けた重要な目標の1つとして「健築®」活動を積極的に推進していきます。