EXPO′70

東芝IHI館 撮影 河野豊

「EXPO′70の記録と記憶」

EXPO′70 第3回コラム 万博パビリオンⅡ 電算技術とソ連館、設計部の対応 東芝IHI館と施工、ワコールリカー館、ミュンヘン館、ドイツ館、タカラビューテリオン、サンヨー館、松下館

2025.02.26

今回の動画はEXPO‘70パビリオン中、最高の高さ109.5mを誇ったソ連館の建設に導入されたコンピュータ技術、その機械音を伴ったストップモーション動画のようなシーンから入ります。

ソ連館を始めとするEXPO‘70パビリオン建設は設計や構法の可能性追求の場であり、実験と挑戦の最前線となっていました。記録動画でも「竹中工務店施工の28施設では機械と資材と人の運用に有機的な繋がりを持たせる集中管理方式によって総合的なシステム化を図り、生産性は飛躍的に向上し、このシステム化は今後、都市の再開発や地域開発に欠くことのできない大きな基盤となるだろう」と語られています。

次に大阪に総力結集した万博設計室の様子が映し出されます。今と異なり、大判の青焼き図を机上に広げ、三角スケール、ドラフターとトレーシングペーパーを用いて行う設計の様子も興味を惹きます。
次は前回も登場した東芝IHI館についての話題です。多くの研究者達たちからバトンを受け取った最終ランナー、まさにアンカー役とも言える施工技術者達の活動記録。当時最先端のレーザー光線を使った測定やユニット化されたテトラの施工状況を見ることができます。

東芝IHI館の施工 ①
東芝IHI館の施工 ②(一つのテトラの大きさに驚く)
東芝IHI館の施工 ③

それに引き続き、完成した東芝IHI館やワコールリッカー館、ミュンヘン館、ドイツ館などの万博開催後に世界各国から訪れた人々の様子が映し出されます。

それでは、第3回動画(約8分)をご覧下さい。(当時の施工状況などには手を加えずカットせず、そのまま掲載しています。)

今回の動画から伝わってくるのはまさしく、さまざまな職能の方々の総力結集といったところでしょうか。1960年後半から1970年初頭のことですが、建築分野でここまで広くコンピュータが使われたことはなかったでしょうし、これだけの大所帯が一同に会して設計することも極めて稀なことだったと推察されます。
動画では「万博は実験と挑戦の最前線の場であり、特に28の施設建設に大きく寄与した機械と資材と人の統合的システム化は今後のプロジェクト推進の基盤になるだろう」と語られています。

また、東芝IHI館の設計者でもあった黒川紀章氏は万博2年後の1972年に出版された著作「メタボリズムの発想」でこの万博で獲得した経験について以下のように著しています。

万国博からの収穫

最終的に私自身がほんとうに胸にこたえて残っているのは、建築家と、企業にいる人たちと、鉄をつくっている人、それを溶接する技術をもっている人、電子計算機を動かすことに命をかける人、映画をつくる専門家と、絵を書く専門家、そういった全くフィールドの違った人間が、お互いにあらゆる論争をしながら、一つのものをつくり上げていく経験、これは日本がいままでもっていなかった経験だと思う。
今後、大規模プロジェクトが日本の社会の中で計画される場合、いちばん威力を発揮するのは人間関係だと思う。物理的な技術の開発は技術的なレベルでできる。あるいはコンピュータでできる。つまりスピードと量に関しては、日本はだいたいシステムは確立している。あいかわらず遅れているのは、人間のシステムである。それに対して大変な経験と実績を、私は万博では得た。

EXPO‘70の万博で「スピードと量に関しては、日本はだいたいシステムは確立している。」と断言しているのは設計、施工や情報技術のシステムはほぼ出来上がっていると換言できるでしょう。そしてそれに加えて、遂に人間のシステムが起動する経験を得た、と将来への希望を伝えています。では1970年から2025年へと55年が経って人間のシステムはどのくらい発展、成熟したか、という問いが生まれてきます。

今回の大阪・関西万博のテーマは「いのち輝く未来社会のデザイン」。プロジェクトに関わる者として、その建設や創造に長年の課題とも言える人間のシステムとの絡み合いがどう変化したのか、を考えるよい機会とも言えそうです。

次回のコラム配信予定

以上、第3回配信でした。今回も最後までお付き合いいただき、誠にありがとうございます。次回予告は以下となります。

予告 第4(最終)回(2025年3月)

万博パビリオンⅢ 水中レストラン(夜景)、せんい館、自動車館の施工、三菱未来館、鉄鋼館、キリスト教館、ソ連館の施工 及び エピローグ(動画約13分)

次回の最終回も映像「創造の空間 ~EXPO‘70~」を通じてお伝えします。

冒頭、動画は夜景の水中レストランから始まります。その後、ケーブルと膜屋根によるテント構造の自動車館の施工状況が現れます。さらに鉄鋼館やキリスト教館。
最後を飾るのはソ連館の施工です。水平と垂直に広がるこれだけの難工事を短期間で完成させた、先人達の偉業には脱帽しかありません。

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