松下 仁士  まつした ひとし

2007年入社

  • 環境・社会研究部 主任研究員

学生時代の専門分野:建築材料

「新しいもの」から新たな価値を生み出すソリューションの開拓者

人の歩行や車の走行などで、建物は常に揺れている。建物を使う上での生産性や居住性に関わるこうした振動を「環境振動」という。日常生活では気にならない小さな揺れも、精密加工を行う工場などには大きな影響を及ぼす。振動が強くなれば、不快感として人にも影響を与える。

松下は環境振動のさまざまな課題に取り組む研究者だ。技研の階段にも適用される制振技術「SPADA®(スパーダ)」の開発も手がけた。 しかし、松下の研究対象は「振動」ひとつには収まらない。2年間のドイツ留学を経て、現在取り組む研究のキーワードは、メタマテリアル、遮音、脱炭素。幅広い分野に興味を向ける松下が目指すものとは何なのだろう。

未知の世界・環境振動への突破口は、新素材への好奇心

「振動分野の研究でこういうことを実現したい、と思って入社したわけではないんです」と話す松下。
大学での研究分野はコンクリート。床の振動を研究していた担当教授に「大学で学ぶのは、専門的な技術や知識ではなく研究手法」と背中を押され、環境振動の研究者として入社した。はじめは戸惑うことも多かった。

突破口となったのは、「おもしろい素材があるから何かやってみて」と上司から渡された膜型の圧電セラミックス。宇宙開発や航空機向けに海外で開発された新素材だ。
松下はこれを活用し、制振技術「SPADA®」を開発。膜型の圧電セラミックスを建築物に応用した世界初の事例となった。

「新しい何かわからないものをどうにか使って、新しい価値を創出できないかなっていうのをいつも考えているような気がします」

研究の原動力は好奇心。そんな姿勢がさらに次のステップにつながった。2019年からのドイツ留学だ。

視野を広げ、新たな出会いをもたらしてくれる留学制度

竹中工務店の留学制度はある程度の自由度がある。
「行き先や研究テーマは、会社の経営方針の範囲内で、上長と相談して決めます。経済面・安全面は支援してくれて『あとは定めたテーマの中で自由にやりなさい』という感じで。感謝しかないですよね」

自ら選んだ留学先は、建物ではなく、航空機やロボットなど機械系の振動制御を専門とする研究所。建築分野において環境振動はニッチな分野だ。より制振技術の高度化が進む機械分野をあえて選び、先端技術を学んだ。

ドイツでは日本との働き方の違いも発見した。
「責任の範囲が明確なんです。自分がしなくてもいい仕事には時間をかけないので、開発のスピードはとても早いですね。私も同僚に手伝いを頼んで『自分の職務じゃないから』と断られたことがあります。日本人の感覚としては少し寂しいのですが……」

一方、休憩時間などには自然と雑談が始まる。ちょっとした悩みも相談でき、「無駄な話」の大切さを実感した。そんな生活はコロナ禍で一変する。家にこもっての研究。外国語での非対面のコミュニケーションの難しさ。実験も大幅に遅れた。「精神的につらかった」と振り返るが、コロナ禍への他国の対応を目の当たりにしたのは貴重な経験だったとも感じている。

留学でのなにより大きな収穫は、新技術「メタマテリアル」との出合いだ。波動の進む方向や伝わり方を人工的に変化させるメタマテリアルの概念は、電波や通信の分野では研究が進むが、環境振動や音響、建物などにはまだほとんど広がっていない。だからこそ「何かに使えないか」と興味が湧いた。

技術の先にある、ソリューションの提供を目指して

帰国した現在は、メタマテリアルの概念を用いた振動や騒音の抑制・遮断技術の研究に取り組んでいる。松下が見据えるのは、技術のその先だ。

「振動を伝えないということは、音を発生させないということ。音を伝えないのなら、コンクリートが担っている遮音の役割を代用できる。結果的にコンクリートを減らすことができる。そう考えると、脱炭素に向けた社会的意義も広がってきます。逆に、コンクリートを減らして構造的に大丈夫?といった問題も生まれます。そうした部分もトータルで見渡して、ソリューションとして提供することを今の自分の課題にしています」
研究への期待は高く、国土交通省の助成研究も獲得した。

課題を総合的に見るには、専門領域とさまざまな分野を組み合わせることが必要だ。そのために松下は今、少しずつ守備範囲を広げようとしている。脱炭素に関連して「コンクリートの勉強もしている」と話したところで、いつの間にか学生時代の研究分野に回帰していることに気が付いた。蓄えた知識は、どこかでまたつながるものらしい。

「人の役に立ちたいっていう気持ちもすごく強いので。最終的にどのような形で貢献できるのか考えるのは、難しいですが、すごく好きですね」
そんな思いで、これからも新しい価値を生み出していく。

2021年10月に行ったインタビューを元に執筆しています。

プロフィール

松下 仁士  まつした ひとし

  • 技術研究所
  • 環境・社会研究部
  • 主任研究員

大学では建築学科でコンクリート研究に携わる。入社後は、環境振動の評価・制御に関する研究に取り組み、膜型の圧電セラミックスを活用した制振技術「SPADA®(スパーダ)」を開発。2019年-2020年はドイツ留学を経験し、現在は主にメタマテリアルを活用した振動・騒音抑制の研究と脱炭素社会へ向けた取り組みに従事する。留学中のシーズ技術を発展させ、国土交通省の助成研究を獲得している。

専門分野

  • 環境振動制御(制振・防振・除振)
  • 振動評価
  • 制振・防振材料
  • 脱炭素・環境貢献技術

受賞歴

2015年:

エンジニアリング協会 エンジニアリング奨励特別賞

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