医学部開設100年に向けたキャンパス整備
神宮外苑や新宿御苑に囲まれ緑豊かな慶應義塾大学信濃町キャンパスに、「KEIO FOREST(慶應義塾の杜)」をデザインコンセプトとする新病院がオープンしました。
2017年に医学部が開設100年を迎えた慶應義塾大学の節目の事業としての、医学部のモットーである「基礎・臨床一体型医学・医療」の要となる大規模な病院機能再編は、基本設計から実施設計を経て2014年にI期工事が着工。続くⅡ期工事は2016年に着工し、2018年5月に主要な病院機能を担う新1号館での診療が開始されました。この後さらにいくつものステップを経て、約10年に及ぶ一連の病院整備プロジェクトが全て完了し、2022年5月にグランドオープンとなりました。
新病院に向けての序章~教育・研究機能の再整備と3号館南棟の建設
これまで当社は、2001年に竣工した「総合医科学研究棟」や2008年竣工の「臨床研究棟」といった教育・研究機能の再整備に加え、化学療法や免疫療法、PET診断設備をそなえる人間ドックなど、先進医療と予防医療の実践の場となる2012年竣工の3号館南棟など、多くの計画に設計施工で関わってきました。
新1号館建設を中心とする病院整備の着手
そしていよいよキャンパス整備の本丸と言える病院施設の再整備に着手します。
3号館南棟は竣工したものの、病院の主要な機能の多くはキャンパス内の老朽化した既存施設に散在したままででした。都心の限られた敷地内で、診療活動を継続しながら順次建て替える工事は複雑を極めるため、設計施工コンペによって建設会社の選定が行われ、2013年初めに当社が受命しました。
診療を継続しながらの建て替え
建て替え前の病院は、老朽化した中層の建物が敷地内に散在していました。診療を継続しながら建て替えるためには、新築のスペースを段階的に確保しながら進めなくてはなりません。
そこで新1号館Ⅰ期の建設にあたり、まず建設エリア内にあった既存建物の機能を別の建物に仮移転した上で解体し、Ⅰ期棟の建設スペースを生み出しました。同様にⅠ期棟を施工した後、Ⅱ期棟の建設エリア内にあった既存建物の機能をⅠ期棟に移転した上で解体、そこに病院の主要な機能が入るII期棟を建設しました。
Ⅰ期棟とⅡ期棟の接続部は、プランニングの自由度とスペースの有効活用を図るため、最終的には完全に一体化した構造計画としています。そのためⅡ期棟の工事では、既に稼働しているⅠ期棟に音や振動を伝えないよう隙聞をあけて建設し、内装仕上げの直前に各階を同時に接続する工法を採用しました。
その後、既存建物の改修・移転および解体を繰り返しながら、最後にメインエントランス部分と駐車場などの外構を整備し、着工から8年以上の月日、16のステップを経て、2022年に再整備が完了しました。
「基礎臨床一体型医学・医療」を具現化する新病院
5つのコンセプトに基づく設計
慶應義塾大学の理念である「基礎臨床一体型医学・医療」実現のため、新病院は5つのコンセプトに基づいて設計が進められましたが、なかでもクラスター診療の展開、スタッフエリアの計画、患者やスタッフのアメニティ向上が、大きな課題でした。
キャンパス各機能をつなぐメディカルストリート
基礎臨床一体型医学・医療の理念を新病院において具現化する上で、その骨格となるのが、キャンパスの各機能をつなぐ主動線の計画です。
信濃町キャンパスは、南側に病院ゾーン、北側に医学部ゾーンが位置しています。そこで、新1号館の中央を南北に貫きながら両ゾーンを結ぶ主動線「メディカルストリート」を提案しました。
動線の効率化はもとより、病院スタッフ、研究者、学生などキャンパスのさまざまな人々がここを行き交う中で交流が生まれ、より高いパフォーマンスの発揮へとつながっていきます。
加えてメディカルストリートを主軸として、そこに各建物のエレベーターなど縦動線を隣接させることで、キャンバス内の機能連携の強化を図りました。
クラスター診療の実現に向けて
「クラスター診療」とは、従来の内科や外科といった診療科の枠組みを超えて、消化器、循環器などの臓器単位、あるいは腫瘍センターといった疾病単位の枠組みで、患者さん中心の治療を進める慶應大学病院独自の診療体制です。
これをより効果的に実施するため、外来部門、病棟部門の両方で、ゾーニングや動線計画上の工夫をしました。
クラスター診療を実現する『メガフロア病棟』
病棟部門においてもクラスター診療の効果を最大化するために提案したのが、1フロアに4看護単位を配置する「メガフロア病棟」です。南北の2看護単位のスタッフステーションを連続的に配置して一体的な運用を可能にし、さらに東西もスタッフモールでつないで、4看護単位間の連携が取りやすい計画としています。また、バックヤードであるスタッフエリアは中央に集約し、スペースの合理化を図っています。これにより、スタッフが患者さんや家族の目に触れずに利用できる専用スペース「スタッフコア」や、学生用の実習室など、交流や休息、活動のための空間を生み出しました。これらも、クラスター診療に不可欠な診療科間や職種間の連携を促しています。
スタッフの連携と協業を促進するしかけ
スタッフエリアの基本的な考えかた
設計コンセプトの今1つは、「臨床・研究・教育の融合の場としてのスタッフエリア」です。スタッフが職種を超えて連携し協業するため、これまでは個々の部門ごとに分かれたスペースで行われていたアクティビティを、共用の場で行えるように計画しました。この共用の場には、さまざまな仕掛けが用意されています。
多職種の交流を生み出すスタッフコア
空間的な仕掛けの中心となるのが、さまざまなスタッフの活動、交流、そして休息の場となる「スタッフコア」です。スタッフコアでは、医師・看護師・薬剤師など職種の枠組みを超えてすべてのスタッフ同士の交流が自然に生まれ、さらには研究者との連携や学生の教育など、さまざまな活動の拠点となることを意図しています。
スタッフコアは主に、ガラススクリーンで仕切られたカンファレンス室と、気軽に立ち話のできるアイランドカウンターを配したオープンなラウンジで構成され、明るく開放的な場所、ゆったりと落ち着いた雰囲気の場所など、各所に違ったしつらえの空間が配置されています。体をほぐすためのストレッチエリアもあり、その時々の行為の目的や気分に合った場所を自由に選べるよう、さまざまな仕掛けが用意されています。こうした多様な空間が、これからのチーム医療などを見据えた次世代の医療人を育成する場となっています。
スタッフエリアの計画
外来部門では、各階のスタッフ専用動線「スタッフモール」に沿って、随所にカンファレンスやラウンジなどのスタッフコアを配置しています。
いっぽう病棟では、スタッフエリアは2看護単位ずつ共有することとし、外来部門と同様にスタッフコア等を配置しています。これによりスタッフエリアのスペースを充実させ教育や交流の場を創出しています。同時に、適度に機能を集約することで面積配分も合理化できました。このほか、学生が優先的に使える実習室も各階の病棟に配置しています。
EBD(Evidence-Based Design)の実践
新1号館の計画・設計にあたっては、各部門への延べ150回以上に及ぶヒアリングに加え、設計の根拠となるさまざまな事実(エビデンス)を提示して、院内や学内の合意形成を図りながら進めました。このエビデンスには、国内外の多岐にわたる最新事例の提供のほか、次に示すような分析やシミュレーションに基づく各種の最適値が含まれています。
①実際の運用状況に基づく計画内容の検証
診療データの分析を通じて各部門の稼働状況を可視化し、外来診察室数などの妥当性を検証しました。
*各種稼働分析医療施設ソリューション「自院の現状を把握したい」
②最適な部門別面積の算出と配置計画
病棟の計画では、病室など患者向けのスペースとスタッフ向けのスペースに分解して面積配分の検証とベンチマーク分析を行いました。その結果を各部門で共有し、無駄なスペースを排除しつつ、スタッフコアや学生の実習室といった基礎臨床一体型医学やクラスター診療を効果的に実践するためのスペースを十分に確保するなど、戦略的な面積配分を行いました。
*面積分析技術医療施設ソリューション「病院の効率性を高めたい」
③シミュレーションによる交通量の検証
1号館を貫通して病院ゾーンと医学部ゾーンを結ぶメディカルストリートは、外来患者はもとより医療スタッフや大学関係者など、多くの人々が往来する主動線です。そのため、想定される利用者数に対して幅員がどれだけあれば十分かを検証する必要がありました。そこで、最混雑時の交通量を予測してシミュレーションを行い、幅員の最適値を導きました。
周辺環境との調和
KEIO FOREST(慶應義塾の杜)
慶應義塾大学病院のある信濃町キャンパスは、都心でありながら神宮外苑や新宿御苑等に囲まれた緑豊かな場所に位置しています。この環境を内部空間のデザインに生かすべく、コンセプトを「慶應義塾の杜(Keio Forest)」としました。都市の緑に近接したキャンパスの中に、病院として潤いのある環境を創り出すため、敷地周辺に生息する木々のシルエットや色彩をモチーフに、病院内の場所ごとに異なる印象の空間を創り出しました。
患者エリアでは、壁面は木目調をベースに樹形をモチーフとしたデザインを配し、木漏れ日を思わせる柔らかい間接照明を用いて、まるで杜に抱かれているような安らぎを感じられる空間としています。いっぽうスタッフエリアでは、豊かな色彩を配置してアクティビティを表出するとともに、それぞれの活動エリアにアイデンティティを与えています。
建築地 | 東京都新宿区 |
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建築主 | 学校法人慶應義塾 |
用途 | 病院 |
構造 | 新1号館 柱RC、梁S造(免震) |
階数 | 同 地下2階、地上11階 |
延床面積 | 同 74,796㎡(連絡通路含む) |
工期 | 2014.3~2022.4 |
設計施工 | 竹中工務店 |