三栄建設鉄構事業本部新事務所
IoTやビッグデータ、AIなどのIT技術やロボット技術が進展し、ものづくりを取り巻く環境が大きく変化しています。建設業においても、生産性向上や人材不足などの課題を解決するために、これらの技術が活用され始めています。
当社は、構造設計へのAIの活用※1や、作業所での資材運搬などへのロボットの活用※2を進めるほか、プロジェクトへのIT活用を積極的に推進しています。
今回は、設計から施工までの工程でBIM※3やコンピュテーショナルデザイン※4などのIT技術を駆使し、2020年10月に完成した「三栄建設鉄構事業本部新事務所」を紹介します。
三栄建設鉄構事業本部新事務所の特徴的な外観
- ※1リリース:構造設計業務を支援するAIシステムの開発に着手
- ※2リリース:ロボットの自律走行と遠隔管理を実現する「建設ロボットプラットフォーム」を開発
- ※3BIM:コンピューター上に仮想の建物や建物を構成する部屋や設備機器、部材などを3Dモデルで再現するシステム。3Dモデルの再現に加え設備機器や部材の仕様・性能・価格などの属性情報を紐づけることができる。
- ※4コンピュテーショナルデザイン:
高度な数学的手法とコンピューターの計算能力を用いて、具体的な設計に入る前のデザインプランを日射の機能や構造などのシミュレーションを実施しながら作成できるツール。人の思考の限界を超える無数のパターンのデザインプランを作成することが可能。
「ボロノイ分割」によるデザインでコミュニケーションを活性化する
建築主の三栄建設は、鉄骨を製作する当社の協力会社でもあります。社員数が急激に増加したこともあり、コミュニケーションの活性化が課題になっていました。加えて、鉄骨加工技術を具現化できる「鉄のショールーム」となるような建物にしたいというニーズがありました。
一つ目のニーズであるコミュニケーションの活性化を図るため、ボロノイ分割※5という数学的な手法で部屋の形状を決めることにしました。
垂直の壁と水平な床で区切られた部屋が並ぶ一般的な空間に比べ、隣接し合う部屋や上下階と接する面が多くなるため、社員が出会う機会が増えると考えたのです。
- ※5 ボロノイ分割:
隣り合う母点間を結ぶ直線に垂直二等分線を引き、各母点の最近隣領域を分割する手法(3次元のボロノイ分割の場合は、母点間の垂直二等分面にて領域を分割)。泡やキリンの模様、葉脈など、ボロノイ図に近いデザインは自然界でも見ることが出来ます。
従来の水平垂直で区切られた部屋の配置例
ボロノイ分割を用いた部屋の配置
3次元のボロノイ分割による立体的、多面的につながる空間のモデル
コンピュテーショナルデザインで思考の限界を超える
部屋の数や面積など必要条件を満たす配置をボロノイ分割で決めようとすると、非常に複雑な計算が必要となります。そこで、コンピュテーショナルデザインを活用し、指定した座標軸を元に約10,000通りという膨大な配置パターンを自動で作成しました。そこから、部屋同士のつながりやボロノイ面の角度、上下階をつなぐ吹き抜けの多さなどコミュニケーションを活性化するための評価軸を設定し、最適化技術を用いて数案まで絞り込みました。最後は設計者によって、意匠性も考慮し各部屋の特性を活かした最適なパターンを選びデザインを作成しました。
コンピュテーショナルデザインによるデザイン作成
ダイナミックな角度の面を用いたエントランス
壁の傾きを少なくした執務室
すべての構造体を鉄でつくる「鉄のショールーム」
二つ目のニーズである「鉄のショールーム」となる空間を創造するために、普通は仕上げに隠れてしまう構造体を露出させるデザインを採用しました。ボロノイ分割をモチーフにした「ボロノイ耐震壁」や細かい鋼管を格子状に組んだ「クロスハッチブレース」は、建物の耐震性や強度を確保しながら、デザイン性を持たせ、来訪者にダイナミックな印象を与えます。柱の接続部分に強度の高い鋳鋼を使ったり、コンクリートが使用されることが一般的な床に鋼板を用いたり、構造体のすべてを鉄でつくることで、建築主の技術力を具現化した鉄のショールームを実現しました。
「ボロノイ耐震壁」で迎える来訪者エントランス
建物の強度を維持する「クロスハッチブレース」
BIMで複雑な形状の建物を実現
この建物の柱や梁はほとんどが水平垂直ではなく傾いているため、2Dの図面ですべてを表現することは不可能でした。そこで、BIMを活用し、コンピューター上に建物の3Dモデルを再現しました。一つとして同じ部材がない複雑な形状の建物を完成させるにはBIMが不可欠でした。
BIMモデルを作成することで、気流や熱負荷などの環境シミュレーションによる省エネ設計が可能になるほか、部材の干渉チェックや施工手順の確認など、関係者の情報共有と合意形成を円滑に行うことができます。
BIMで作成した鉄骨架構の3Dモデル
コンピューター上での確認が難しい場合は、BIMデータを用いて3Dプリンターで作成した模型や、実物大のモックアップを使って、実際に工事に着手する前段階において細かな検証を行いました。
BIMモデルを使った3Dプリンターによる構造模型
さらに、複雑な形状である部材の切断や加工において、BIMデータを活用したデジタルファブリケーション※6を行うことで、高い精度での部材製作や円滑な作業を実現しています。
- ※6 デジタルファブリケーション:
デジタルデータをもとに、3Dプリンターやレーザーカッターなどのコンピューターに接続されたデジタル工作機械を使って創造物を制作する技術
BIMモデルと実際の鉄骨架構
複雑な形状の部材の組み立て
複雑な形状の部材を高精度に実現
これまでの建築の概念を超えた独創的な建物は、最先端の技術と人の知恵の融合で生まれたものです。建築主からも、偶然の出会いでコミュニケーションが増えたと評価をいただきました。当社は設計施工一貫方式の強みを生かすとともに、BIMをはじめとする技術を駆使することで、さまざまなお客様の想いに応えていきたいと考えています。
担当者の声
設計担当 田中 盛志
水平、垂直が前提となっている現在の建築において、多くの構造体が傾き、3次元で取り合うという大変チャレンジングなプロジェクトでした。同じ形状が1つもない複雑な鉄骨架構を実現できたのは、鉄骨ファブリケーターの技術、作業員の経験や職人技、最新のBIM技術などがあったからこそだと思います。とくに、BIMをコンピュテーショナルデザインやデジタルファブリケーションと組み合わせることで「建築を面白くできる」可能性を実感しました。これからも、ダイナミックで付加価値のある建物をつくっていきたいと思います。
構造担当 大野 正人
「ボロノイ分割」のデザインを見たときに、誰もやったことがないことにチャレンジできるとワクワクしましたし、すべての構造体を鉄でつくり、機能とデザイン性を両立させるというコンセプトにもやりがいを感じました。構造体で最も特徴的な鋼板スラブについては、加工や建方などの課題を、鉄骨ファブリケーターであるお客様や作業所などの知恵を集めて解決できただけに、感慨深いものがあります。
施工担当 菱沼 卓
この建物に多い斜めの柱は自立しないため、柱から梁の順に建方を行うという従来の方法が使えません。そこで、屋上の梁を先に設置して、後から柱を所定の場所に固定するという逆転の発想で解決を図りました。どんなにITが進展しても、ものづくりの本質は変わらず、最後は人の手で完成させるものだと考えていましたが、今回の経験を通じて、新たな建築の可能性を実感しました。
コンピュテーショナルデザイン担当 川上 沢馬
膨大な数に及ぶ部屋の配置パターンから条件に合うものをピックアップするため、部屋のつながり、使用用途に合致した面の角度、空間のダイナミックさの3つの指標で部屋の配置を評価するアルゴリズムを構築しました。コンピュテーショナルデザインにより、複雑な形状の建物の設計を効率的かつ合理的に行えるようになっただけでなく、建築の新たなアイデアを生み出す扉が開いたと感じています。