Competition 動的平衡都市 タリンアーキテクチャビエンナーレ2022国際アイデアコンペティション最優秀受賞案を巡って
市川雅也 (建築設計 コンペチーフ)
神⼾寛貴 (環境設計)
⼤脇春 (建築設計)
⽥島佑⼀朗(建築設計)
重村浩槻 (建築設計)
吉村純哉 (構造設計)
⾚堀巧 (構造設計)
前⽥⿓紀 (設備設計)
鈴⽊暢⼈ (設備設計)
⼩林佑輔 (設備設計)
2022年にエストニアの⾸都タリンで開催されたアーキテクチャビエンナーレのコンペで、⽵中⼯務店の若⼿設計者10名のチームが最優秀を受賞しました。ビエンナーレのテーマは“Edible; Or, The Architecture of Metabolism”(⾷、あるいは建築のメタボリズム)です。それに対して受賞案は「動的平衡都市」と名付けた循環型の都市を提案。タリンの森林資源、⽼朽化した集合住宅、そして建築資材という3つのスケールを重ね合わせ、40年を⼀区切りとして更新するサステナブルなデザインです。
関連記事:https://www.takenaka.co.jp/newslog/2022/11/02/
—— コンペ参加のきっかけは?
市川 ⽵中⼯務店の設計部では、実際のプロジェクト(以下オンプロ)とは視点を変え、コンペを通して思考のトレーニングをしようという⽅針があります。今回は設計部⻑から勧められ、コンペに挑むことにしました。
メンバーは、“⼀緒に楽しみながら⾯⽩いことを考えることが出来る”と思う⼈にお声がけし、意匠、環境、設備、構造をそれぞれ専⾨とする10名の多様な顔ぶれで挑みました。
—— タイトルの「動的平衡都市」はどのように決めたのですか?
市川 ビエンナーレのテーマであるメタボリズム(代謝建築)について、まずはメンバーで勉強会をしました。⽣物学者の福岡伸⼀さんによる著書『動的平衡』に共感し、⽣物の視点に⽴って都市・建築を考えたいと僕⾃⾝はずっと思っていました。それで「動的平衡都市」というテーマは⽐較的早い段階で皆の合意を得ました。設備の鈴⽊さんからは「今回のお題に答えるのに『⼈新世の「資本論」』を読んでいないのは考えられない。すぐ読むこと!」などと⾔われ(笑)、現代の社会的な課題を皆なで共有しながら、案を練っていきました。
—— 提案の概要を教えてください。
市川 エストニアの⾸都タリンの郊外にあるラーニャという街が舞台です。1970年代に建てられた壁式構造の集合住宅群に現在2万5千⼈が暮らしていますが、建物の⽼朽化や、⽣活の質低下の課題もありエリア全体の持続可能性のある更新⼿法を考えました。
主題は、地域資源を使って循環可能な建築・都市モデルをつくること。都市のアイデンティティを保ちながら、⽇々⼩さな変化をし続けながらゆっくりと更新していくことをイメージしました。
具体的には、タリンの森林資源の成⻑のサイクルに合わせ、対象となる集合住宅を徐々に作り替えていく。また建材として利⽤したものが、役割を終えたときには、それをエネルギーとして再利⽤します。森、住宅、そして建材という3つのスケールの違うものを連動させ、循環させる提案です。
—— 壁式の鉄筋コンクリート(RC)の床や壁を取り払い、木造に置き換えていく提案です。構造的な提案ポイントは?
吉村 我々の提案は、壁式構造の集合住宅の重たいRCスラブや壁の⼀部を抜いて、その周りに通⾵や採光など住環境の良い場を構築するアイデアです。
そのRCボイドをコミュニティ・スペースにしたり、野菜を育てる場所にしたり、様々な活⽤⽅法で⽣活の質を向上させることを考えました。
⽊質化の要求があった分けではありませんが、既存のRCをコアとし、その周りに⽊の⼩さなフレームを⾜していく提案です。
—— 木材を使うことで、環境的なメリットがあるのでしょうか?
小林 森林資源が豊富な場所なので、エリア内で森林を活⽤してエネルギー循環を完結させています。
エストニアの気候を分析すると、夏は涼しく冬は寒い。冬期は⽇照量が少なく、パッシブだけではだめで何らかの空調エネルギーを使わなければなりません。そうすると、燃料の輸送などにかかるエネルギーをどう減らすかが重要になります。だから、地域資源をエネルギー化して、狭い範囲で消費しようという発想です。
また、建材にコンクリートを使うとCO2が発⽣しますが、CO2を固定化できる⽊材を使うのも脱炭素の視点では有効です。
市川 コンペで求められたのは、25,000⼈が暮らす街でした。森林の成育を考慮すると40年が1つのサイクルとなり、1年にどれくらいのエネルギーや建材が必要で、どの程度の森林伐採が可能なのかなど、構造・設備のチームと計算をしながら検討をしました。
吉村 ⽊材伐採量の調査もやりましたね。ソビエト時代に植林したものが活⽤されていないなど、⽇本と共通した課題がありました。
市川 僕たちの提案は、40年かけて集合住宅群全体を更新していくことで、資源の消費量を平準化しています。結果として年間7,3000m3の余剰林を活⽤すれば、更新に必要な建築資材もエネルギーもまかなえると僕たちは試算しました。
小林 樹⽊から製材として使⽤できる部分は約40%で、残りは製材過程で⽣まれる端材であり、それを燃料として利⽤することで効率よく資源を使い切る計画です。森林の成⻑に合わせ、時間をかけて少しずつ街を育てていくことで、CO2排出も平滑になり、地球環境にも貢献できます。
—— マテリアル・サーキュレーション(建材の循環)について、数多くの提案をしています。
どのくらいの検討を行ったのでしょうか?
市川 新⼊社員(当時)の重村さん・⽥島さんが中⼼となり、100個くらいの提案を出してくれました。
重村 住⼈が住みやすいかたちに合わせて、⾃分ごと化しながら、空間を変化させていくことをイメージし提案しました。エストニアはDIY⽂化が盛んだったので、それも相まって市⺠が⾃分で更新をしていくことを前提とした⼿法に⾏き着きました。⽊の部材は⼿で持ち運べる想定で、それがDIYを促すことにもつながっています。
市川 つくり替えることを前提とする視点が新鮮でした。拡張可能な設計⼿法とは何かを考えていくと、分解しやすい⽅法やモジュールとかデザインがガラリと変わると思いました。
⼩林 エストニアは電⼦技術が進んでいるので、ここではブロックチェーンを活⽤し、マテリアルを管理しています。それらを適切に循環させ、耐⽤年数
が過ぎればバイオマスで電気エネルギーと熱エネルギーに変換していくことを提案しています。
—— 意匠・構造・環境など様々な視点からのアイデアが収斂した提案だと思います。どのようなプロセスでまとめていったのでしょうか。
市川 コンペは提案期間が2カ⽉くらいでしたが、勉強会を通して各々がメタボリズムを考えることに時間を費やしたと思います。1960年代のメタ
ボリズムの時代とは何が違うのか……、現代では何が可能か……、など議論しました。
重村 対⾯で、ガッツリ体当たりで議論しました(笑)。
僕と⽥島さんが2⼈で議論している傍らで、市川さんと神⼾さんが違うテーマで議論をしていて、さらに構造や設備のアイデアが⼊ってきて、それぞれが考えてきたことを練って、切磋琢磨して最終案になったと思います。
新⼊社員の時に、このようなコンペに参加できて、⾊々な部署の⼈や先輩と⼀緒に案を練ることができ、すごくよい経験でした。
吉村 実は、果たしてそれぞれの多様なアイデアが合体できるのか……?と思っていました(笑)。
チームとして⼊社年度も関係なく、ディスカッションできたのは⾯⽩かったですね。
—— コンペに参加したことで気づいたこと、新しく得た視点などをお聞かせください。
吉村 パースにも表現されていますが、⽊質構造の空間の内側にRCボイドがあることが特徴的な構成になっています。
⽇本の都市ではRCなどで頑丈な建築をつくり、その周辺を空地として豊かなパブリックスペースにするのが通常のやり⽅と思います。でもこの提案はその逆で、建築の中を空地としています。
構造的なコアをつくり、そのサブ構造として⽊でフレームをつくりながら、都市全体に森のような空間をつくることは、もしかしたら地震のある⽇本でも可能かもしれません。そうした⽊材活⽤で、⽇本の森を再⽣できれば良いと思います。
神戸 コンペの主題は既存の都市の持続可能性でした。⽇本でも新興住宅地で空き家の問題があります。たとえば、⼤⼿の建設会社が新興住宅地のエリア全体の更新に関わることができれば、ここで提案したような循環システムが転⽤できるかもしれないと思います。
重村 普段の業務では建物の完成が最終⽬標になりますが、このコンペは⻑い時間軸の中で利⽤者の⽣活に沿って変化し続けるシステム提案です。建築の変化を⾒据えた設計が⼤事だと気づきました。
あと、構造のペースレイヤリングという視点もチームの中で教わりました。⽊材は加⼯の幅が広くて、構造体など強いものも可能だけど、⽼朽化したものは使い替えることで、例えば⽇除けの部材などに転⽤していくことができる。適材適所使い替えをしていけば、マテリアル⾃体の寿命を延ばすことが出来るという点で可能性を感じました。
小林 先ほどブロック・チェーンで部材を管理する話をしましたが、この技術を⽤いれば、どの部材がいつどこに付けられ、どのように転⽤されたかが、すぐさまトレースできます。そろそろ寿命だからエネルギーにしようとか予測も⽴てやすい。そのような技術は⽇本でも適⽤できるし、実質的なCO2排出削減にもつなげられると思います。
田島 とても⼩さな物質から総体としての地球へのネットワークをどのように構築できるかを考えていました。物質の総量が変わらず、建築や地球環境が変化し続ける「動的平衡都市」という視点を⾒つけたことが⾃分にとっては⼤きな経験でした。
また、材料の使い⽅がどのように変化し得るか、どのような循環があり得るのかを考え続けた経験をオンプロで活かしていきたいです。
市川 ⽇本が⼈⼝減少していく中で、都市のたたみ⽅に関する視点が必要だと思っています。この案は、必要な量を更新するシステムなので、⼈⼝の増減に関わらず、そこに住む⼈たちのアイデンティティを保ちながら変化させる仕組みは変わりません。そうした視点が今後⼤切になると思っています。
また、竣⼯時が建物のピークではなく、どのように魅⼒的に使われるかを考えて設計していきたいと思います。設計から施⼯までの段階で建物のコンセプトを利⽤者と共有し、⼀緒に成⻑していく状況はオンプロでも実践していきたいです。