Competition Terraforming Ray
火星の風力活用で土壌を改良、居住環境を創出する


Jacques Rougerie Foundation-International Architecture and Innovation Competition 2023 特別賞

「Jacques Rougerie Foundation-International Architecture and
Innovation Competition 2023」で最優秀グランプリと特別賞を受賞 Vol.2

⽵中⼯務店はフランスのジャック・ルジュリ財団が主催する国際コンペ「Jacques Rougerie Foundation−International Architecture and Innovation Competition 2023」※ にて、「Regenerative Islands」で最優秀グランプリを、「Terraforming Ray」で特別賞をそれぞれ受賞しました。審査委員⻑は世界的建築家のドミニク・ペロー⽒でした。
受賞したのは、東京本店設計部の若⼿設計者たちです。当社では毎年、設計部の⼊社2年⽬の社員が国際コンペにチャレンジすることを実施しています。意匠・構造・設備の部署を横断する数名のチーム構成で挑みます 。
受賞者たちは「実務経験を積む前だからこそ夢のある構想に挑むことができた」「コンペで得た経験や知⾒を今後の設計に役⽴てたい」と⼝をそろえます。
世界で評価された2提案はどのように練られたのでしょうか。その舞台裏に迫ります。

※ 建築家ジャック・ルジュリ⽒が創設した財団が毎年開催する環境建築デザインコンペ。「海⾯上昇に対応する建築」「海洋建築」「宇宙建築」の3つのカテゴリーがあり、「Regenerative Islands」は「海⾯上昇に対応する建築」、「Terraforming Ray」は「宇宙建築」のカテゴリーに応募した。

宇宙建築:「Terraforming Ray」


「Terraforming Ray」は火星に人類が居住できる環境をつくる500年先を見据えた壮大な提案である。火星の強風を活用して風力発電を行い、その電力で有毒物質を含む地質改良を行う。さらに地質改良時に発生する熱エネルギーを利用した膜構造で居住空間を創出する。この装置兼建築を展開させ、火星に緑あふれるランドスケープを生み出す。局地建築や膜構造など竹中工務店が蓄積してきた技術を宇宙に展開するアイデアである。火星の風に着目した新規性、造形美が評価された。

—— ジャック・ルジュリ財団のコンペに応募しようと思った理由は何ですか?


長谷川 実現可能なものだけではなく、人類の夢を建築で膨らませていくというコンペの趣旨にロマンを感じ、チーム全員でこのコンペに応募することを決めました。アイデア・コンぺに参加する意義は、想像力のボールをいかに遠くまで飛ばせるか、アイデアの飛距離を自分に課すことだと思っています。
私はSF映画が好きで宇宙建築に興味をもっていました。宇宙分野では、地球以外の惑星で人類が持続的に活動を行えるよう、様々なプログラムが進行中です。当社は南極の昭和基地建設など局地建築の歴史があり、宇宙もその1つだと思います。当社らしい宇宙建築は、土木的なものというよりは環境を改善して快適な住環境をつくる視点が必要だと考えました。
タイトルは「Terraforming Ray(テラフォーミング・レイ)」。テラフォーミングは惑星を改善するという意味があり、レイは魚のエイです。コンペの要項の中で生物を参照することが重要視されており、流体を受け流す形として最適なエイの形状を採用しました 。

初期スケッチ:風を受け流す形態のスタディ

初期スケッチ:風を受け流す形態のスタディ

—— ⼊社 2年⽬の7⽉〜9⽉にかけて、他の業務も行いながらコンペ案を作成したそうですね。どのように案を練ったのでしょうか。


長谷川 現業の中、提出まで3カ月と時間が限られていたので、空き時間を利用して全員のアイデアを集結できるようにオンラインボードを活用しました。各自で時間があるときに案を書き込み、週に1度1時間程度の定例ミーティングにて、提案をブラッシュアップしていきました。
ブレストや、iPadで書いた殴り書きのスケッチがリアルタイムで共有されていることで、短時間で密度高い思考の共有が可能となりました。それぞれの職能に応じて調査した火星の自然条件などの情報も共有、蓄積されていきました。

オンラインボードを利用したブレスト

埜村 それぞれの意見を会議で出し合うと会議時間が長くなりますが、事前に情報共有するようにシステム化したので、会議もスムーズでした。

岩田 自由に発想したものをみんなが書き込めたのも良かったと思います。また、構造、意匠、環境、設備の各分野で常に情報を共有できたのも効率的でした。例えば意匠チームの提案に対して、それを実現するために構造は何を調べればよいかなどが事前に先回りして進めることができました。

周磨 意匠から出てくる案は突拍子もないものもあったけれど、それも検討しながら構造の視点でかたちを考えるよい経験になりました。

—— 火星の強風を利用して風力発電を行い、その電力で地盤改良をし、そこで出た熱エネルギーで膜構造を膨らませるという理にかなったストーリーです。この案を具体化していくプロセスを教えてください。

コンペで提出したダイアグラム 風と土壌の問題を解決するテラフォーミングの手順を示す

長谷川 時速120kmという強風と過塩素酸塩という生物にとって有害な物質を含む土の2つの課題を解決するという軸を最初に決めました。
風については、環境の今井さんが行った風の流れの解析結果を基に、風を受け流しつつも風力発電のタービンに効率よく取り入れる形状を考えました。土が有毒な過塩素酸塩を含んでいるという問題については、意匠の大野さんと大学時代に微生物の研究をしていた吾郷さんが、製鉄のようなプロセスを経て有毒物質を取り除き、鉄やゼオライトを取り出す方法を考えてくれました 。
火星の中で十分な風力発電が可能となる敷地選びは、オンラインボードに私が貼った地質図と、今井さんの風解析を重ね合わせた集合知によってあぶり出されました。各自の能力と、持ち寄った情報が自然とつながり、ストーリーができあがっていきました。

コンペで提出した風解析と土壌改良のダイアグラム

長谷川 かたちに関しては、意匠チームが様々なスケッチを書き、構造チームがどうすればそれを実現できるかを具体的にコメントをくれました。

岩田 エイのかたちが決まった段階で、周磨さんと一緒にいろんな案を出しました。その中で、今回の建築のストーリーに一番合う架構にするには、風を利用することができるエアチューブをフレームとした膜構造がよいのではないかということが会議で決まりました。

長谷川 火星の土は鉄分が多く、土壌改良のプロセスで鉄が採取できるということから、チューブの外にらせん状に鉄繊維を巻きつけるとかなりのスパンを飛ばせるという話も出ました。構造チームはモーメントの最適解のシミュレーションもしてくれました。高い専門技術の裏付けと共に案をつくっていくことができました。

構造チームによる構造形式の提案

力学上の最適化シミュレーションの検討

—— コンペに参加して何か発見したことはありますか?


長谷川 入社1年目の研修では一緒に寮生活をしますが、そこではあまり仕事の話をする機会がありませんでした。一緒にコンペをやる中で、みんなが独自の高い専門知識をもっていることを実感できたのが嬉しかったですし、心強かったです。

埜村 私は電気学科の出身なので建築コンペは初体験で、建築の人が考えていることが新鮮で楽しかったです。

岩田 建築プロジェクトを作り上げるプロセスを体験することができました。同期同士でコンペに使う時間をコントロールしながら、プロジェクトを進める方法を学べたと思います。

周磨 コンペの流れの中で、専門が違う人同士が協力してやっていく必要性を感じました。スケッチからだんだんと具体的なかたちにしていく訓練になりました。長谷川さんのリーダーシップのもとで受賞もできて、自身の自信にもつながりました。

岩田 構造チームは2人とも膜についてはあまり知識がなかったので、実務で膜をやった先輩に相談にのってもらいました。縦のネットワークづくりにも役だったと思います。

長谷川 宇宙建築を研究しているTAKENAKA SPACE EXPLORATION(TSX)というタスクフォースに途中でヒアリングさせていただき、案のブラシュアップにつながりました。それがきっかけで僕もTSXのメンバーになりました。コンペを通して、社内の人材の厚さも実感しました。

—— 今回の経験を今後の業務でどのように活かしたいですか?


周磨 コンペは実際の建築物の構造計算とは頭の使い方が違うので、トレーニングになりました。アイデアを出し、それを実現可能にしていく大事さを学びました。この経験をいかしてもの怖じせずに今後もコンペに挑戦していきたいです。

埜村 最初からアイデアをつくり上げる貴重な取り組みでした。また、設計・構造・設備の調整の大事さをこのコンペで実感しました。総合建設業の一員として他ジャンルの人と協働していこうと思います。

岩田 現在の実務は詳細設計が主なので、アイデアをゼロからつくり出す経験ができてよかったです。意見を発散させてそれをチームで収斂させるプロセスの中で、さまざまな情報や手がかりどのように探し、誰にリーチアウトすればよいかなど勉強できたので、今後も諸先輩から学んでいこうと思います。

長谷川 設備や構造で行ってくれたシミュレーションの結果をもっと取り込んだ提案ができたかなというのが少し心残りです。今後コンペの機会があったら、もっと全員の実力を発揮できるような設計者になりたいと思います。
受賞が決まってからは、フランス・パリにあるフランス学士院というバロック様式の歴史的な建物で行われた受賞式参加のため渡仏させて頂きました。審査員だったドミニク・ペロー氏をはじめ、スノヘッタや田根剛さんの事務所、当社のパリ事務所などの見学もさせていただき、さまざまな事務所のスタイルを見せていただいたのもよい体験となりました。送り出してくださった設計部の皆様、チームのみんなに感謝しております。

聞き⼿:「⽵中のデザイン」WEBサイト編集WG
(2024年7月9日 竹中工務店東京本店にて)
Figures are Jacques Rougerie Foundation−International Architecture and Innovation Competition 2023 submission.