古民家との対話を重ね、物語を紡ぐ
インテリアデザイン|歳吉屋 -BYAKU Narai-
FEATURES01
古民家との対話を重ねて設計する
歳吉屋 -BYAKU Narai- は、8つの客室を持つ宿泊施設・レストラン・バー・温浴施設・酒蔵を擁する小規模複合施設です。長野県奈良井宿の古民家「杉の森酒造」(屋号は歳吉屋(としよしや))を改修し、再生しました。
江戸時代に創建された母屋を現地調査をしたところ、明治時代の図面が発見されました。それをもとに当時の商家の特徴的な間取りや各部屋に残された建築当時の設えを照らし合わせ、ハレ/ケ、ミセ/オクなどの創建当時の文脈を読み解き、設計の足掛かりとしました。
8つの客室それぞれに異なるテーマを設定しています。表通りに面したミセのフロントは「質素で堅実」、表通りから見えない中庭に面したオクの書院造が残る客室は「格式と趣味性」、主人や客人の使うハレの空間は連続する座敷による「様式の継承」、使用人が使うケの旧勝手場は天井を解体し小屋組みを現しとした「崩しや数寄」などです。また、旧家財蔵はメゾネットの客室として転用しました。
FEATURES02
地元の素材や、職人技を取り入れる
手仕事感を大切にした素材を、建物と対話しながら丁寧に挿入し、この場所ならではのデザインを実現すると同時に、地場産業に貢献しています。
木曽の伝統工芸である漆は客室の床材や漆和紙、地元職人が手掛けた漆喰壁として採用しています。また、地場材であるミズメザクラをミニバー天板の造作、酒麹を彷彿させる凹凸のある襖紙、ハンドスクレープ加工したフローリングなどに使用しました。
温浴施設の壁は、木曽五木と言われるアスナロ・サワラ・ヒノキ・ネズコ・コウヤマキの5種類の木材で施工し、床には長野県産の柴石を採用しました。
レストラン・バーの漆塗りカウンターは、現地の職人が現場で漆塗りを行いました。
FEATURES03
あたかも昔からそうであったかのように設える
木造古民家の基本性能を向上させるため、耐震補強・断熱・遮音や床暖房などを施しています。既存の天井・壁・床仕上げを一旦撤去し、安全性・快適性を向上させる工事を施した後、仕上げを復旧させました。そのため、真新しい改修のようには見えず、あたかも昔からそうであったかのような程よい佇まいを実現しました。
FEATURES04
おもてなし空間を創り込む
酒造の主要な工程を行っていた仕込み蔵は、2階の床を撤去することで蔵の気積や架構、土壁の表情などを活かしたレストランにしています。加えて、一時期休業していた「杉の森酒造」を再興した酒造エリアがガラス越しに見えることで、新旧の酒造の気配を感じられる空間としました。
また、レストランのカウンター席の脇には、酒造りの最初の工程である米を蒸すための巨大な窯場の遺構を残しています。
天井から吊られた照明は、仕込み蔵に保管されていた一斗瓶をアレンジした特注照明です。椅子は松本民芸家具のウインザーチェアがモチーフになったものをセレクトしました。料理の器には地域の名産品である木曽漆器を使用しています。
内装から、家具・照明・備品に至るまで、おもてなしの空間として、建物の記憶や地域の歴史を刻み込むことで、新しい物語が紡ぎ出されています。
FEATURES05
未来へ拡がる場の創出
地域の活性化に寄与することを目指して、味噌蔵を改修したバーや、まちに開くことの出来るフロントロビー、近隣の民宿の宿泊客にも開放した温浴施設など、宿泊客と地域を繋ぐ憩いの場として公共性の高いスペースを設けました。
また現在では、この歳吉屋 -BYAKU Narai- を足がかりにして、まちに点在する空き家を別館客室に改修する「まち分散型ホテル」へと展開されています。
この歳吉屋 -BYAKU Narai- の開業を起点とした一連のまちづくりにより、来訪者が奈良井宿のまちを回遊し、面的な活性化が生まれ、さらに若い人材が働き手として、この地に移り住むようになりました。我々はこれからも地域資源と建築・まちづくりが寄り添いながら、未来へつながる場を創出していきます。
美島 康⼈
常賀 茂樹
吉本 晃一朗
⻑⾕川 裕⾺