奈良井宿 古民家群活用プロジェクト
古民家を改修した宿泊施設(計12室)、レストラン、バー、温浴施設、地域文化発信のためのギャラリー、酒蔵を擁する小規模複合施設として、2021年8月にオープンした「BYAKU Narai」。オープン以降徐々にリピーターを増やし、好評をいただいています。
奈良井宿の魅力の再生を目指した竹中工務店と塩尻市の連携をはじめ、さまざまなステークホルダーとともに作り上げてきた「まちづくり」プロジェクトについて紹介します。
ステークホルダーとwin-winの関係を作る
当社は、森林資源と地域経済の持続可能な好循環を「森林グランドサイクル®」と名付け、その構築に向けてさまざまなステークホルダーとの連携を図るとともに、木造・木質建築を積極的に推進しています 。これらの木造・木質建築をつくるには、大量の木材を安定的に調達することが不可欠であり、当社は森林組合や木の生産者などのパートナーとの繋がりを求めていました。
今回、長野県塩尻市との連携に至ったのは、当社の大規模木造建築を支える技術「燃エンウッド®」が長野県産のカラマツで作られているという縁があったほか、同市には大規模なバイオマス発電所があるなど、木が盛んに活用されている地域であると感じたからです。
一方の塩尻市は、林業の衰退に伴う過疎化が進み、空き家が増えるという問題を抱えていました。これに対して、当社がこれまでに「MACHInnovation®」※1活動として様々なまちづくりで培ったノウハウやネットワークは塩尻市においても活かせると思い、提案をしていきました。公民連携プロジェクトとして、塩尻市は公的資金を集め、当社をはじめとした民間企業はまちの活性化に向けた計画や運営のノウハウを提供する「まちづくりの会社」を新たに共同で設立し、事業化するというものです。
その第一歩として当社は(一社)塩尻市森林公社と共同出資会社「株式会社ソルトターミナル」を立ち上げ、公民連携によるまちづくりを進めることになりました。
当社は豊かな森林を持つ地域との繋がりを持つことができ、塩尻市も地域の抱える課題を解決できる。このようなwin-winの関係が、2020年1月の連携協定 に繋がりました。こうして、「木」を通じたまちづくりプロジェクトが、塩尻市内の観光地「奈良井宿」でスタートすることになったのです。
- ※1当社まちづくり戦略室が取り組んでいる、それぞれの地域の資源を活かしながら、これから目指す社会やまちの姿を描き、社会課題解決に向けた仮説をつくり、地域の方々とともに実証実験を行いながら検証・実装を進めていく活動。
歴史ある「奈良井宿」の景観を壊さずに、地域を活性化する
プロジェクトの舞台となった奈良井宿は、江戸時代の面影を色濃く残した町並みが特徴的な、旧中山道の宿場町です。1978年にはその町並みが重要伝統的建造物群保存地区に選定されましたが、近年は町並みを形づくる古民家にも空き家が増えてきていました。
長年大切に受け継がれてきた景観を壊すことなく、林業のまちを観光で盛り上げ、住む人と働く人を増やすことで地域を活性化させるために、古民家をレストランや旅館などの複合施設に改修するという提案が受け入れられ、プロジェクトが始動しました。
奈良井宿の町並み。木曽の豊かな森林をバックに、古民家の並ぶ景色が約1kmにわたって続いています。
プロがプロを呼ぶ、プロジェクトチーム
今回のプロジェクトでは、2012年から休業状態だった「杉の森酒造」の母屋や蔵などの建物と、そこから3分ほどの場所にある旧民宿「豊飯豊衣(ほいほい)」という、約200年の歴史を持つ建物たちに以下のような新たな命を吹き込みました。
施設名は、「地域に眠る百の体験をお客様に届け、百年前の建築を未来に遺す宿」という想いを込め、「BYAKU Narai」と名付けました。
- (1)歴史ある古民家で過ごす、全12室のこだわりの宿泊施設「BYAKU Narai」
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(2)世界的に有名なシェフがプロデュースした、地元の食材を使ったここでしか味わうことができない料理を提供するローカルガストロノミーレストラン「嵓(くら)」
- (3)かつて地元のシンボルだった「杉の森酒造」を再生した酒造「suginomori brewery」
- (4)「suginomori brewery」で作ったお酒や地元のお酒を中心に楽しめるバー「Tasting Bar suginomori」
- (5)「suginomori brewery」の仕込み水にも使われる、信濃川源流の山水に浸る温浴施設「山泉(さんせん)」
- (6)奈良井宿の建物やまちの歴史を伝えるギャラリー「Gallery hoihoi」
プロジェクトチームを立ち上げるにあたり、各分野のプロフェッショナルに声をかけました。まず、株式会社ソルトターミナルは建物所有者から古民家を借り上げ、竹中工務店設計部とともに古民家の改修に取組みました。さらに、各地で地域の課題解決に取り組む株式会社47PLANNINGが設立した新会社、株式会社奈良井まちやどに、その改修された古民家を借り上げるとともに、施設全体の企画と酒造部分を除く施設の運営を担っていただいています。
さらに47PLANNINGからは、日本のどこかに数日だけオープンする魔法のレストラン「DINING OUT」を主宰する株式会社ONESTORYに声をかけてもらい、レストランのプロデュースを担当してもらうことになりました。このほか、酒造再生には古民家旅館や地域再生を得意とする株式会社kirakuが、旧民宿「豊飯豊衣」の改修設計には株式会社ツバメアーキテクツ一級建築士事務所が、宿のブランディング・サインデザインのディレクションにはNOSIGNER株式会社が参画するなど、繋がりが新たな繋がりを呼び、プロジェクトチームができあがりました。
建物との「対話」を重ねる
当社が改修設計を行った、旧「杉の森酒造」で大切にしたことは、既存建物の空間・架構・設えなどと丁寧に「対話」し、残すべきものを精選することと、古民家でありながら、断熱性・遮音性・耐震性など客室としての性能を担保した安心・安全で快適な空間にすることでした。
今回改修を手掛けた建物は、築約200年という歴史の中で、その時々の生活の営みに合わせて幾度も手が加えられてきていました。200年前の建物のため、もちろん建築当時の詳細な設計図のようなものはありません。設計者は何度も現地を訪れて調査と実測を繰り返し、建物との対話を重ねていきましたが、訪れるたびに新たな視点・発見があったと言います。
現地調査で発見された明治時代の図面に加え、各部屋に残された建築当時の設えや構造、直前まで住んでいた方から聞いた話や時代背景をヒントに当時の建築様式を読み解き、「ハレ」と「ケ」、「ミセ」と「オク」という文脈を導き出しました。通りに近い部屋は、質素・質実な「ミセ」、通りから見えない中庭に面した部屋は趣味性の高い「オク」。主人たちが使う「ハレ」の間と、使用人たちが使う「ケ」の間。改修の設計においては、これらの文脈を色濃く残すよう配慮しました。
例えば、「オク」と「ハレ」が交わる「百五」の部屋では、建物に残されていた書院や欄間の設えなどをそのまま活かし、広々とした中庭を独り占めできる本格的な書院造りの客室に改修しました。「ミセ」と「ケ」が交わる「百三」の部屋は、かまどの煙にいぶされた力強い梁と小屋組みを現しにした、かつてカッテバ※2であったことがわかる吹抜けを持つ部屋とし、メゾネットタイプの広々とした客室にしました。
他にも、元家財蔵の土壁に囲まれ澄んだ空気感が残る「百七」「百八」をはじめ、旧杉の森酒造にはそれぞれ異なる特徴やストーリーを持つ全8室の客室を設計しました。また、はなれである旧「豊飯豊衣民宿」は全4室の客室を持ち、計12室の客室は何度来ても新鮮な気持ちで楽しめることと思います。
- ※2勝手場、かまどがあった昔の台所のこと。
上段:「百五」。内装には書院や欄間の設えを残した、本格的な書院造りの庭付き部屋。
下段左:「百三」。かつてのカッテバを再発見した、BYAKU Naraiの中では一番広い部屋。
下段右:「百七」。漆器や調度品などが多く収納されていた家財蔵を再生した客室に、地元の漆職人による漆和紙の仕上げを施しました。
建物や地域のストーリーとつながる
レストラン「嵓」はもともとお酒の仕込み蔵だった土蔵を改修したエリアで、改修前は2階建てでしたが、1階の天井を取り払ったことによって現れた梁や柱、経年変化した漆喰壁の持つ力強さなど大きな気積の蔵を活かした空間にしました。天井から吊られた照明は、元の仕込み蔵に保管されていた一斗瓶をアレンジした特注照明であるほか、料理の器には隣町の木曽平沢の名産品である木曽漆器を使用するなど、その随所に建物やまちが歩んできた歴史が詰まっています。
天井が高く、解放感のあるレストランと、地元の食材を使ったメニューの一部
温浴施設「山泉」では、木曽五木の香る内装空間において、酒の仕込み水に使われる信濃川源流の柔らかい山水に浸り、バイオマスボイラーによる自然エネルギーで温まることができるなど、木曽谷の自然の力を全身で感じることができる温浴施設となっています。はなれである「豊飯豊衣」内のギャラリーでは、奈良井宿の歴史を学ぶことができるようになっており、利用者がさまざまな場面で地域との結びつきや奈良井宿の持つストーリー性を感じられるような工夫を施しました。
左:温浴施設。木曽五木(ひのき、さわら、ねずこ、こうやまき、あすなろ)の良い香りが漂います。
右:Gallery hoihoi (設計:ツバメアーキテクツ一級建築士事務所)。当プロジェクトの企画構想ストーリーなども見ることができます。
地域と一緒に歩む「まちづくり」
当社のまちづくりは、多くの方々がイメージする都市圏の「大規模再開発」だけにはとどまりません。今回の奈良井宿でのプロジェクトや、島根県雲南市・埼玉県比企郡小川町における活動など、地元の方々や各分野のプロフェッショナルたちと協業しながら、地方活性化の役割を担うプロジェクトも少しずつ始動しています。
地方が抱えるそれぞれの課題の解決に向けて地元の方々との対話を重ね、ともに悩み、ときには各分野のプロフェッショナルの力を借りながら、これからもより良い「まちづくり」を進めていきます。
2021年8月の開業記念式典の様子。関係者、地元の方々も集まり、当施設のオープンをお祝いしました。
関係者の声
企画・推進担当 高浜 洋平
地方には、地域の文化・伝統・歴史を背負った価値ある建物がオーナーの転出や生業の廃業などを理由に空き家になるなど、存続の危機にあるものが少なくありません。棟梁に端を発する当社として、価値ある建築に新たな活用方法と活用主を見出し、今後も長く建物を快適に使っていくための施しを加えていく。そのことで、新しい命が吹き込まれ、地域創生の核になっていく。こうしたことが建築を生業にする当社の一つの使命という想いで取り組みました。
右はBYAKU Naraiへの改修前からの建物のオーナー、上原さん
設計担当 長谷川 裕馬
歴史的背景や既存建物の空間・架構・設えなどと丁寧に「対話」し、遺すべきものを生かしながら新たな機能を付加し再構築することで、新鮮な驚きや発見がある空間として生まれ変わらせました。この建築がまちに寄り添い、歴史とともに未来へと長く引き継がれていくことを願っています。
奈良井まちやど 鈴木 賢治さん(株式会社47PLANNING 代表取締役)
町や地域は、外部の人間と内部の人間の想いが重なった時に、初めて活性化すると思っています。100の体験で地域とまっすぐ繋がる宿「BYAKU Narai」を通じて、地域との繋がりの線を何本も張り巡らせ、強固なコミュニティを形成し共に成長することで、次世代に地域の宝を引き継いでいきたいと思っています。
suginomori brewery サンドバーグ 弘さん(株式会社Kiraku・杉の森酒造株式会社 代表取締役)
この度は面白いプロジェクトに参加させていただき、嬉しく思っています。杜氏の入江と一緒に初めて日本酒製造業にチャレンジしたところ、地元長野の自然を表現したとても美味しいお酒「narai」を造ることができました。ぜひ現地を訪れ、味わっていただければ幸いです。まだ始動したばかりですが、これからの町の発展に繋がり、それを町の方々、プロジェクトに携わった方々と一緒に見ることができるのを楽しみにしています。