竹中工務店では2025年の大阪・関西万博を見据え、2020年11月に「SDGs達成や日本文化を世界に発信するために、竹中グループが万博パヴィリオンに関わるとしたら」という課題の社内コンペティションを実施しました。200案を超える応募案の中から、最優秀賞に選ばれた『森になる建築』の提案チームにコンペ応募時の想いなどを聞きました。
PROFILE (2023年12月現在) コンペ応募チーム リーダー(株)竹中工務店大阪本店設計部 山﨑 篤史 2007年入社、2008年から広島支店設計部、2012年より大阪本店設計部、現在に至る。 コンペ応募チーム メンバー(株)竹中工務店大阪本店設計部 大石 幸奈 2017年入社、2018年より大阪本店設計部、現在に至る。 コンペ応募チーム メンバー(株)竹中工務店大阪本店設計部 濱田 明俊 2009年入社、2010年から大阪本店設計部、2015年から技術研究所、2017年より大阪本店設計部、現在に至る。 *部署名・役職・インタビュー内容は2023年12月現在のものです。
新しい仮設建築のあり方の提案
今回のパヴィリオンは、“生分解可能な建築”として、仮設建築への新たな提案となっています。この提案に至った経緯や発想の原点を教えてください。
山﨑:私たち3人は、もともとは大阪・梅田に計画していたオフィスビルの設計チームでした。残念ながらそのプロジェクトはコロナの影響で、着工直前に中断となってしまったのですが、直後にこのコンペがあったので、梅田のリベンジとして大石さんと2人で応募案を考え始めました。最初の1~2か月はそれぞれが興味のある分野の本を持ち寄りながら、週に一度のペースで議論を重ね、最終的な提案内容は半日でパパっとまとめて、プレゼン資料も次の日に半日でパパっと手描きだけで仕上げました。2次審査に進めるとわかった際に、構造や工法をちゃんと考えらえる人にも入ってもらおうと思い、濱田さんに声を掛けました。
大石:当初から“循環”ということは、テーマに入れたいと思っており、関連書籍を読みました。動物の巣の写真集や土壌に関する本、万博の歴史の本などから得た知識やインスピレーションもコンセプトづくりに活かせたと思います。逆に建築の本はあまり見ませんでした。
山﨑:当初から今回のコンペでは1等を狙うのではなく、色々な人の印象に残るような案を作りたいと思っていました。北京オリンピックのためにつくられた施設が、わずか数年で廃墟になってしまったショッキングな写真を見たことがあったので、形のカッコ良さや目新しさだけで競うのではなく、建築が大量のゴミになってしまうことへの課題提起と、それに対する解決策の一つとして、物質的な循環に加え、色々な人の共感を得ることで、建築と人との距離を近づけるような提案をしたいと思っていました。
濱田:みんなが参加できる建築の形として、当初から紙に植物の種を入れて、建物に貼るということは考えられていたのですが、それをこどもたちでも参加できる形で実現したいという想いがありました。その提案を如何に伝えるかが重要と考え、自分のこどもと一緒に実際に種を紙に漉いてみて、その様子をプレゼンに盛り込みました。皆さんにもいいね!と感じていただきたかったという想いです。
3Dプリンターによる仮設建築
コンペ案では、3Dプリンターの活用となっていましたが、その意図をお聞かせください。
大石:『ANIMAL ARCHITECTURE』という動物の巣の写真集を見ると、動物たちが巣をつくる時は、周りのもので巣をつくり、子育てを終えると、また自然に還ったり、他の動物の巣の材料になったりするところが印象的でした。私たちも半年の会期が終わったら、また自然に帰っていくような建築を考えたいと思いました。
山﨑:人が死んでから朽ちていく姿を九枚の絵にした「九相図」というものがありますが、建築も昔はそのように朽ちていくことが当たり前だったと思います。日本の昔の建築は、分解して再利用することも盛んにおこなわれていましたし、木や草、紙や石などだけで出来ていたので土に還すこともできた。本来の建築は、そのような色々な循環が成り立っていたんだと思います。現代の建築はたくさんの材料を組み合わせてつくるので、それが難しくなったのですが、自然由来の素材をなるべく単一素材で3Dプリントして建築ができれば、今の技術で建築の循環がもう一度取り戻せるのではないかと考えました。
動物の生態や日本の伝統建築のような、無理のない循環みたいなものを目指したのですね?
山﨑:そうですね。昔の建築が持っていた循環を取り戻したい。とはいえ万博なので、昔の古民家をつくるのではなく、何か最新の技術を生かしつつ、本来、建築が持っていた循環と奥底でつながっているという姿を目指しました。
濱田:3Dプリントが可能な素材として、ヨーロッパでの取り組みが盛んだった生分解性プラスチックに着目しました。事例をいくつか調べるうちに、木くずとバイオ系樹脂の混合物からなる木材3Dプリント製品が存在したり、生分解性プラスチックを用いた「土に還るクルマ」がオランダで開発中であったりと、何かできそうな感覚を持ちました。
ひとが関わる建築でありたい
山﨑:仮設建築といえば、真っ先に思いつくのは災害時の施設です(取材は令和6年能登半島地震発生前)。災害時には、作り手や資材が不足したり、危険な作業環境で建築をつくらざるをえない、過酷な状況になります。そういう中でも最小限の労力で、安全に建築がつくれるようになる3Dプリント技術は、将来、間違いなく必要な技術だと思っています。一方、ハイテクの塊みたいな3Dプリント建築をつくってしまうと、人間が関わる余地がなくなってしまい、愛着が持てないものができてしまう。そうすると、結果的にすぐに捨てられる建築が増えていくのではないかという危惧も感じていました。
大石:コンペ時はちょうどコロナ禍で、1年延期となった東京オリンピックは無観客で開催され、せっかくつくられたスタジアムに人が入っていない姿を見ました。現代は建築や大きなイベントと私たち設計者との間に距離があることを感じたので、この建築ではそこに関わった実感や、自分たちにも何かできそうと思えるものをつくりたいと考えました。
3Dプリンターによる建築は、構造的に未知の領域だと思いますが、どう考えていましたか?
濱田:3Dプリンター自体に対しては複雑な形状が造形可能になるなど、多くの可能性を秘めたものとしてポジティブに捉えていました。それよりも、構造体なのにいずれ分解していくという、相反することを目指している点が難しい課題であり、そこに面白さを感じました。アイデアコンペでしたので、これをどうやって実現しようかではなく、どうプレゼンすれば、現実的にできそうなものとして感じてもらえるかを意識しました。特に3Dプリントの素材を綿密にリサーチして、リアリティーのある構造計画とすることに注力しました。
万博会場でお客様に感じてもらいたいこと
最後に2025年の万博会場でこの作品が公開されるにあたり、提案者として、お客様に感じてもらいたいことを教えてください。
大石:私たちは普段、建築の始まりを考えていますが、この提案では建築の終わりに焦点を当てました。建築に寿命をどうデザインするか。一般の方々には、建築が朽ちていくことをネガティブに捉えるのではなく、サイクルの中の一つであることを感じていただければと思います。
濱田:万博は未来社会の実験場なので、私たちが考えた新しい建築のコンセプトが、世間の人々が考える未来の建築のイメージを裏切ることなく、可能であればそれをちょっと超えるようなものができればいいと思っています。今まさに社内関係部署と連携しながら、3Dプリンターで如何につくるかを検討していますが、初期のコンセプトを大事にしながら進めています。
山﨑:光が透過する材料を3Dプリントして作るので、建築空間としても見たことのないものになると思います。また、紙をすいたり、苗を植えるワークショップも同時に企画しています。新しい空間体験やそういったワークショップ体験を通じて、色々な方に建築と人との新しい関係を感じてもらえればと思います。
長時間にわたり、ありがとうございました。今回はコンペ応募時を中心にお話を伺いました。次回は2025年万博での本プロジェクトの実現に向けての活動をお伺いしたいと思います。