コラム

試作模型前での研究員(左から、井戸硲、稲葉、栗原)、設計者(渋谷、山﨑)、研究員(濱田)
試作模型前での研究員(左から、井戸硲、稲葉、栗原)、設計者(渋谷、山﨑)、研究員(濱田)

「森になる建築」 3Dプリント技術の未踏領域への挑戦

竹中工務店大阪本店設計部と竹中技術研究所のコラボチームインタビュー

2024.7.30

竹中工務店では、「森になる建築」として2025年大阪・関西万博の会期中、来場者が休憩等に使うことが出来る仮設建築物として会場内に施設提供します。この施設は3Dプリンターで作る生分解性の建物として、世界最大の大きさになります。この未踏領域に挑戦した竹中技術研究所と設計者によるコラボチームに話を聞きました。

PROFILE:(2024年7月現在) 設計リーダー(株)竹中工務店大阪本店設計部 山﨑 篤史 2007年入社、2008年から広島支店設計部、2012年より大阪本店設計部、現在に至る。 設計メンバー(株)竹中工務店大阪本店設計部 渋谷 朋典 2014年入社、2015年より大阪本店設計部、現在に至る。 技術研究所リーダー(株)竹中工務店技術研究所 濱田 純次 1992年入社、1993年より技術研究所所属、現在に至る。 技術研究所メンバー(株)竹中工務店技術研究所 栗原 嵩明 2008年入社、2013年より技術研究所構造部門,2022年より技術研究所建設基盤技術研究部、現在に至る。 技術研究所リーダー(株)竹中工務店技術研究所 稲葉 澄 2015年入社、2016年より技術研究所構造部門、2022年より技術研究所建設基盤技術研究部、現在にいたる。 技術研究所リーダー(株)竹中工務店技術研究所 井戸硲 勇樹 2018年入社、2018年より技術研究所構造部門,2022年より技術研究所建設基盤技術研究部、現在に至る。 *部署名・役職・インタビュー内容は2024年7月現在のものです。

何が課題かも、全てがわからない中での研究開発のスタート

今回は、“生分解可能な建築”として、来年の万博に間に合わせるという限られた時間の中でしたが、スタート時の設計者チームと研究者チームのそれぞれの印象を教えてください。

メンバーへのインタビュー風景

山崎:当初は技術本部に支援いただきながら調査を進めていましたが、その時点で植物由来の酢酸セルロース系の樹脂を使って、建築3Dプリンターを使って構築することは決めていました。その考え方と完成予想図を携えて、技術研究所に相談しました。直径1.2mぐらいまでの原寸模型はできていましたが、建築サイズにした場合にどのような課題があるのかはわからない状態での相談でした。

栗原:材料が新しい、造り方が新しい、誰もやったことがないことだったので、何が課題かもわからない状態の中で、大阪の設計者が何を言っているのだろうか,いずれできないことがわかって、何か他のものになるのでは?との印象でした。目の前の課題を一つずつ解決していくしかないと思っていました。

稲葉:最初に完成予想図を見たとき、建築3Dプリンターで造り上げていくイメージがわきませんでした。2回目の打ち合わせから、実験項目がバタバタと決まっていきましたが、何から手を付けたらいいか、まさに暗中模索の状態からのスタートだったと思います。

研究開発というよりも、スゴロクをしている感覚

何が課題か、何にも見えない中、研究開発はどのように進めましたか?

インタビュー風景

栗原:2023年春ごろから、研究開発が本格化しましたが、研究開発というよりは、スゴロクをやっているような感覚で、実験で出てくる予測できない課題を一つずつ解決していくような感覚でした。3つ進んだかと思えば、2つ下がるみたいな時もありました。秋には毎週のweb会議と隔週の対面打合せが定例化しました。誰も見たことがないものなのでリアルな場で実物を囲んで議論することが重要だと感じていました。

山崎:2023年夏ごろまでは、何が課題かもわからず失敗の連続でしたが、多くの失敗の中から徐々に課題が整理されつつあり、2023年9月ごろにようやくやらなきゃいけないことと、やらないことの整理ができた状況でした。

稲葉:自分たち研究所チームは、実は悲壮感がありました。できれば、数値で管理できるようにしたかったのですが、整理している余裕もなかったように思います。そんな中で、当時の課題は積層していく材料の前の層と次の層の接着性でした。材料が何℃で何秒で次の層に行けばよいか? 経験則として、“3分ルール“を導き出したことが大きかったです。気温も関係しますが、概ね前の層と次の層は3分以内に積層できればよいということです。

山崎:2023年10月ごろには、積層することの課題解決から、どれだけ割れを起こさずに大きなものをつくれるかに課題が変わっていきました。素材が樹脂なので、積層されていくに従い、収縮する力がより大きくなります。その収縮力により、ある時には大きく破断する事象が発生しました。そこで研究所チームとの間で、その作り方について何度も議論しました。

コラボチームでの作り方の議論の様子
コラボチームでの作り方の議論の様子

コラボチームのコミュニケーションは、3Dモデルを介して

山崎:設計チームと研究所チームでのコミュニケーションには3Dモデルが活躍しました。構造的な部分やデザイン的な部分などではそれぞれが3Dソフトで作成したモデルや、時には手描きの3Dモデルなどにより、それぞれの考えを相手に伝えていました。その意味では3次元脳とデジタルツールがないと、スムーズなコミュニケーションができなかったかもしれません。

井戸硲:チーム内でのコミュニケーションが進んでくると、チーム内でしか通じない専門用語や“通称”も多くなっていきました。それらを共有することでチーム内でのコミュニケーションはスムーズになりましたが、社内の他部署の方と会話する際にはその説明が都度必要になるような状況でした。

稲葉:3Dプリンターは初めてだったので、スタート当初はプリンター業界の専門用語にも若干戸惑いがありました。また3Dプリンター業界では今回のようなスケールのものを作ったことがないとのことでしたので、例えば一度作ったものが収縮により縮むという概念はなかったと思います。その点でも新たな領域に踏み込んでいる実感がありました。

インタビュー風景

研究開発において、一山超えたという実感はいつ頃でしたか?

稲葉:制作物上部のスボミの角度が設計者の要望通りできることが分かったときですね。3Dプリンターの特性上、積層を重ねていく際に射出する位置を少しずつ内側にしながら、スボませる必要があります。あまり急激にスボませると素材の重みで内側に落ち込んでしまいます。
設計者からは、45度程度との数値を示されたのですが、クリアできた時は、これでいける!と思いました。

山崎:当初は、一度プリンティングを始めると、完成するまで24時間連続で制作する必要がありましたが、途中で止めて、また再開しても問題なく積層部分が接着できたときに、一山超えたと思いました。製作途中に多少失敗しても、リカバリーして再開できることは大きなことで、設計者としては、ゴールが見えた瞬間でした。

万博会場では、綺麗な建築物としてみてもらいたい

研究チームメンバー

万博会場で休憩所として使っていただく、一般のお客様へのメッセージを教えてください。

栗原:この建築をみて、どう思ってくれるか気になります。我々は苦労は抜きにして、普通に建物としての感想が聞きたいです。

山崎:この建築の中に入ってもらって、綺麗だなとか、面白いなと感じてもらえると嬉しいですし、そこから私たちの考えてきたリジェネラティブなコンセプトや試行錯誤を重ねた技術にも興味をもってえるといいなと思っています。

渋谷:3Dプリンターでつくったので、どうしてもアートやオブジェのような造形物となりそうですが、建築物として成立させるために様々な苦労があったと思うので、万博会場内にある様々な建築物と同じように、『建築物』として見てもらえたら嬉しいです。

井戸硲:通常の建築の構造材料であるコンクリートや鉄、木とは違った、新しい材料で作られたものなので、非日常を感じていただけるのではと思います。普段の建物では感じられない雰囲気を感じてもらえたら嬉しいです。

長時間にわたり、ありがとうございました。本年8月から始まる現地での施工が順調に進むことを願っています。

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